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<<   作成日時 : 2009/01/06 10:24   >>

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 誤解がないように言っておくけど、会社員時代はたいていの上司とは上手くやっていました。上手くいかなかったのは3人、全て他人と上手くやっていけない人達でした。
 一人は秘書室時代の課長、この人は会社一の嫌われ者で、中途採用した会長が自分で責任を取るといって秘書課長に据えたのです。私も最初可愛いと思ってもらえたうちは上手く行ってましたが、途中で役員室の改装があり役員が他の場所に散々になりただでさえ大変だったのに同僚がスキーに行ってしまい、プッツンした私は上司に「あなたなんかサイテーです!」と言って関係決裂。
 次の上司は高卒で大阪から単身赴任で来ていて、仕事上のおつきあいもほとんどなく、社員寮に帰って寮の管理人さんと一杯飲んでいるような人だった。そこの部門は外注管理を社内で一手に受け持つために新設された部署だったのだから、本来なら他の部門と話し合うことがその人の役目だったはずです。
 最後の上司は現場からの叩き上げだったが、東工大卒でとても頭が良く仕事が出来て出世も早くパワーで押し切るタイプ。芭蕉の作品が好きだとか井上陽水が好きで文学的才能もありカラオケも大好き、すごく勉強熱心で通信教育を受けていたり、会社でも部下のために朝勉強会を開いていたが、熱心過ぎて部下からは嫌われ怖がられていた。ただこの方は早くお父様を亡くされていて苦労されていて、大学時代は夏休みは家業の貸しボート屋さんで働いていて自分には青春時代はなかったと言っていた。奥さんは警察官だった。
 この3人の共通点は、部下の事務の女性を狭い枠に押し込めようとしたことじゃないかと思う。みんな自宅通勤の短大卒か高卒の子を上手くおだてて使っていて、私が一流大卒だとか秘書室にいたことから反感を持ったり仕事を与えようとしなかった。信用もされず仕事も満足に与えられなかったらこちらは死んだも同じ。いくら私が発達障害で大量に同じ仕事を機械的にこなすのが不得意だったりして弱い部分があったとしても、我慢できず関係が決裂しても仕方なかったと思うのです。最後の上司は、150名くらいの部門で本来なら各課の課長の下にいるべき事務の女性を全て自分の管理下に置いていました。そのため彼女らは仕事だけ大量にあっても、営業部門のように秘書的な役割を持てず他の社員との接点も持てずとても弱い立場にいました。私はそれが可愛いそうで見ていられず、何とかしたいと自己申告書で上司を批判して、それがリストラの原因になったのです。最後にはそれまでの上司が次の部署に連れていきたいと言っていたのに、その上司がダメだと言い、自分の下に置き仕事を与えず周囲の人みんなでいじめて私をリストラしたのです。その時に受けた心的外傷はたくさんの人達から集団暴行されたようなショックと屈辱でした。必要とされなくなったジャンヌ・ダルクがその後どんな卑劣な行為で貶められたか皆さんご存知でしょうか?
 私はこのようにやはり女性が男性社会の犠牲者になることをどうしても阻止したいのです。男性と女性協力し合ってお互いの良い部分を生かしながら成長していく、そういう社会を実現したいのです。だから安易に男性の支配下には置かれたくないのです。私はずっとそのように闘ってきた人間なのです。

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