|
今日のフジテレビの「とくダネ!」の「新・温故知人」は大屋政子だった。 http://wwwz.fujitv.co.jp/tokudane/index.html ←「とくダネ!」 初めて知ったのだけれど、彼女は実は大阪の没落した名家のお嬢様だったそうなのです。父は代議士だったが、その父と兄の急逝で大屋家は没落の憂目に会い、世の非情を身を以って知る。27歳年上の大屋晋三と大恋愛の末結婚したが、彼は当時まだ借金を多く抱えた身であり、政子は27歳という年齢差ゆえに夫が亡くなった後にまた没落する恐怖から次々と自分で新しい事業を起こし成功への階段を登って行った。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%8B%E6%94%BF%E5%AD%90 ←大屋政子 夫の大屋晋三は政治家・実業家。群馬県佐貫村に佐貫村尋常小学校長をしていた父・大屋央 母・ツネの子として生まれた。大屋家は江戸時代、代々川越藩士であり祖父・門平は柔術を指南していたという。大屋普三は、「テトロン」を導入し、経営危機に陥っていた帝人を瀬戸際で救ったカリスマ経営者として高い評価を受けている。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%9D%E4%BA%BA ←帝人 政界でも活躍し、第二次吉田茂内閣の商工大臣・第三次吉田茂内閣の運輸大臣を務めた。1980年に死去するまで27年間社長の座にとどまった。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%8B%E6%99%8B%E4%B8%89←大屋普三 大屋政子には若い頃に嘗めた人生の辛酸から、「お金は裏切らない」という信念があった。夫が亡くなった後は、高い声と年齢に合わないピンク色を基調とした派手な衣装、超ミニスカートといういでたちでバラエティー番組で活躍していたが、そこには「負けたらあかん」「自分のことは自分で面倒を見る」という悲壮な覚悟があった。あのピンクの衣装の下には亡き夫の下着を身につけいつも「お父ちゃん」と一緒という気持ちを支えに、あのような道化役を自ら進んで引き受けていたのだ。あれくらいのことをしなければ誰も注目してくれないと、あえて恥を覚悟であのようなスタイルを貫き通した。恵まれた人間が表面だけ見て笑うのは簡単だ。しかし、その恵まれた人間達は、彼女のような人生の覚悟を持っているだろうか?その捨て身とも言える人生に、私はとても心打たれたのでした。 カンケーないけど、そういえば、たしか小倉智昭の奥さんって15歳年下で当時上智大学の女子大生だったって聞いたことあります。 |
| << 前記事(2008/04/07) | ブログのトップへ | 後記事(2008/04/08) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/04/07) | ブログのトップへ | 後記事(2008/04/08) >> |