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help リーダーに追加 RSS 舘野泉リサイタル

<<   作成日時 : 2007/10/24 23:55   >>

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 今夜焼津市文化センターで開かれた舘野泉リサイタルに行ってきた。舘野さんのことは脳溢血で倒れ右半身不随となりながら左手でカムバックされたピアニストとして以前から関心があったし、今年の夏にシベリウスのピアノ曲のCDを聴いて好きになった方だ。けれど、このリサイタルのことは全然知らずにいて10日程前の新聞記事で始めて知った。何かと忙しい時期だし、少し遠いし、夜は寒くなったし、どうしようかという気持ちもあったけれど、もし行かなかったらきっと後悔すると思って思い切って行ってきたのだった。
http://www.izumi-tateno.com/
 最初の曲は吉松隆が彼のために捧げた「アイノラ抒情曲集 Op.95」で、まるでフィンランドの静謐な自然の中に佇んでいるような気持ちだった。そしてこの美しい曲を捧げられた舘野泉という人をもっと深く知りたいと思ったのだった。次のノルドグレンの「小泉八雲の「怪談」によるバラードU Op.127」は恋狂いをテーマにした3つの怪談をもとに作曲したもので、恋狂いで亡くなった娘の残した振袖の祟りの話である「振袖火事」、ピグマリオン伝説のような「衝立の女」、醜い蝦蟇蛙が美しい女となって男にとりつく話の「忠五郎の話」だったが、なぜノルドグレンはこのようなテーマの曲を彼に捧げたのだろう、舘野泉という人はいったいいかなる人かと思いながらじっと聴いていた。
 最初は右半身不随となりながらカムバックされた舘野さんがかつて味わったであろう絶望の日々を思いながら聴いていたが、「バッハのシャコンヌニ短調BWV1004:ブラームス編曲」を聴いているうちにあまりにも素晴らしいのでそんなことはすっかり頭から消えて曲の中に入ってしまっていた。そして「スクリャービンの左手のための2つの小品 前奏曲と夜想曲 Op.9」が始まると涙があふれてきた。今日のリサイタルの中で私はこの曲が一番好きだったのだが、この曲を聴いていると、一回きりの人生を音楽に捧げた舘野さんの人生の重さをずしりと感じたし、この世に生まれ音楽に一生を捧げた多くの音楽家達、音楽の天使達が同じ空間に漂って見守っているような感じがして、今日この場にいることができた幸せに感謝したい気持ちになった。金色に輝くステージはまるで「深奥の部屋」のようで、リサイタルが終わってから今まではまるで夢から覚めたような余韻を感じていた。
http://magnoria.at.webry.info/200710/article_25.html
アンコールの最後はカッチー二の「アヴェ・マリア」だったけれど舘野さんはいったいどんな気持ちでこの曲を選んだのだろうか。静謐で優しく、そして時には激しく、そういう舘野さんの演奏を聴くことができて、私は今日は一日幸せだった。

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