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| タイトル | 日 時 |
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自分だけ安全な場所で頑張っても幸せにはなれない
私の母は私より何でもずっと良くできる。お料理は上手いし、裁縫も上手、掃除や洗濯や片付けはそれほど丁寧ではないけれど手早くできる。私と違って体格に恵まれていて器用で、畑仕事もするし、美人で社会的な事柄以外については頭もいい。けれど、幸せになれない。 なぜかっていうと、母が血縁に恵まれていないから。母親とは生後1年で死別し、父親と他のきょうだいとは別れて祖父の家に引き取られた。叔母、祖母、祖父と相次いで無くし、きょうだいはそれぞれ離婚したり、経済的に苦労したりしても自分の生きたい人生を生きてい... ...続きを見る |
2008/12/14 20:40 |
フェアじゃないよ!
私は現在44歳で未婚年老いた両親と3人暮らし。2人姉妹で姉は遠く栃木で暮らしているのであまり頼りにできない。ほとんど親戚付き合いもないので何かあった時に助けてくれるかどうかはわからない。31歳まで女一人暮らしで頑張って働いたがリストラに遭い、10年近く引きこもりで棒に振った。その間車の免許を流し、失業保険も受給できず175万くらい損をした。パートなので仕事の仲間があるわけでもなく、お付き合いがあるのは退職後のおじさんおばさんおじいさんおばあさん、障害者といった社会的弱者がほとんど。年収80万程... ...続きを見る |
2008/10/31 13:56 |
ちいさなおうさま その2
あるひのこと、おうさまは ケライを さがしに、 はまべへ でかけました。 「ケライが 100にん。そうだ、100にん いれば よいのだ。」と おうさまは かんがえました。 おうさまは、さいしょ はまべを みぎのほうへ あるいていきました。 どこまでいっても、ひとっこひとり いません。 みわたすかぎり はまべは つづいていました。 ...続きを見る |
2008/08/22 18:48 |
私のしあわせを邪魔しないでくれ
昨日、久しうりに高校時代からの友人と電話で話をした。彼女も東京にいた人で、学生時代は付き合いはなかったけれど、社会人になってから交友が復活して、一緒の海外旅行に行ったり、時々他の友人と一緒に食事をしたりしていた仲だった。私がリストラになった頃に彼女も地元に帰って、お姉さんの勧めてくれた人とお見合い結婚した。 結婚式にも招待されていたのにリストラのショックで私は出席できす、10年近く疎遠にしてしまった。その後食事に行ったり電話で話したりしていたけれど、下の娘さんが小学校に上がったのをきっかけに... ...続きを見る |
2008/06/23 21:18 |
人はやっぱり一人でいては幸せではない。
この1ヶ月間新しい環境に慣れるためだけに精一杯で、体調を崩しながらも何とか予定のスケジュールをこなしてきた。家族ともほとんど話もせず、周囲の人を思いやる気持ちの余裕もなくし、好きな読書やテレビやちょっとしたお出掛けを愉しみたいという気持ちも持てなかった。それはやっぱり私が周囲の人との心のつながりを亡くし、孤独だったからだと思う。私はそんな自分を自分とは思えず、自分に自信を持てなかった。このゴールデンウィークもたった一人で仕事で、家族と愉しい時間を過ごすこともできなかった。なんとか周囲の人と... ...続きを見る |
2008/05/06 16:27 |
人間が幸せになれるかは善悪ではなく、必要とされているかどうか、要するに実力だ
今日の午前中は仕事だった。いい天気だったしYさんやお客さんと話をしたり、総代さんに頼まれた祭典会計の表を作っていたので、気が紛れて煩悩を忘れていることができた感じだった。 私は以前リストラに遭ってこれで自分の人生が終わったと思った時に思い知ったのは、人間が幸せになれるかは善悪ではなく、必要とされているかどうか、要するに実力だということだった。いくら人のために尽くしたって相手がそれを理解して感謝してくれなければ、自分は幸せになれない。だから私は自分がした良いことは、声を出して周囲の人に知ら... ...続きを見る |
2008/03/21 12:35 |
自分が成長することで人を恨まずにやっていける
私が幸せだと思うのは、今まで人のせいだと人を恨まずやってこれたことだと思う。時には人を恨んだり、人のせいにしたこともあったけれど、それでは自分が成長できない。自分が成長することで人を恨まずにやっていけるのです。 もちろん、客観的に社会の問題の原因を考えたり探ったりすることは必要です。けれど、やはり解決は一人一人の向上心にかかっているのだと思います。 ...続きを見る |
2008/03/18 11:46 |
夢って何だろう?
ふと、夢って何だろうと思った。夢って、きっと誰かとどんな形にせよ、一緒に何かをしたいとか、一緒にいたいなという気持ちなのではないだろうか。きっとそういう幸せな体験、気持ちがもとになっていると思う。だけど、自分勝手に夢を描いていては、その夢はだんだんしぼんで小さくなってしまう。一つ一つきちんと話し合って、心を通わせてこそ、その夢はだんだん膨らんでいくのではないだろうか?そしてその夢は、最初に思い描いていたのとはぜんぜん違う形になることだってあるし、誰かが果たせなかった夢を別の誰かが引き継ぐってこ... ...続きを見る |
2008/02/06 16:29 |
努力して幸せになるしかないのです
昨晩、友人の人生相談に乗っていた。友人は新しい仕事の準備も少しづつ進み頑張っているのだが、それでも別れた彼女との関係に悩んで、時々精神的に不安定になるらしかった。 昨晩も2時間くらい友人の話を延々と聴いていて、時々は自分の意見も言ってみたが、それでも同じことを何度も繰返すので、もう今日は堪忍して欲しいといらだってきてちょっと私の語気も荒立ってきたのだけれど、その時に「たとえ以前幸せな時間を一緒に過ごしてきたとしても、今が幸せじゃなかったら、それを幸せだったと思い返すことはできないよ。」と... ...続きを見る |
2008/01/28 20:49 |
庭は一日にして成らず
NHKの「ターシャからの贈り物 魔法の時間のつくり方」を見ていた。ターシャ・テューダーのことは以前からずっと興味があって、19世紀初頭の時代そのままに、手作りの食料でお料理をしたり、蜜蝋でロウソクを作ったり、庭を作ったり、人形を作ったりして、絵本作家として生きるという生活に憧れていた。それは今の時代、芸術家だからこそできる生き方だけれども、幼い時に読んだ「大草原の小さな家」に通じる世界でもあるからだ。 http://blog.livedoor.jp/sakura12170911/archiv... ...続きを見る |
2007/12/24 15:08 |
天使の花かご
私はたしかに「花摘む人」だろう。けれど、私の摘む花は、心の花なのだ。私はこの美しい心の花束を道行く人に手渡したい。子どもの頃に、「天使の花かご」というシュミットというドイツのカソリック神父で神学者の人が書いたお話を読んだ。主人公の少女メリーは庭作りのお父さんが丹精した美しい庭からいくつもの花を摘んで花束をつくり、近所の小さい子どもたちにあげるのでした。彼女は子どもたちから「花ぞのの天使」と呼ばれていました。心の清らかなメリーはあらぬ疑いをかけられて死刑になるところを危うく免れ、故郷の村を追われ... ...続きを見る |
2007/10/16 18:10 |
穏やかな一日
今日は仕事が休みだったので、朝ゴミ出しで忙しかった他は、ブログを書いたり図書館に行ったり買い物に行ったりして、穏やかな一日を過ごすことができた。夕暮れに自転車で家路に向かっていると、子どもの頃はこんな穏やかな気分で夕方を迎えられたのだなと、懐かしい昔に返った気がした。これからずっと、こんないい日が続くといいな(^^)。 ...続きを見る |
2007/10/11 18:04 |
幸せの前ぶれ?
秋祭りの間に、ちょっとうれしくなるようなささやかなエピソードが二つあった。一つ目は、叔母の家に法被を借りに行った時に帰ろうとすると、玄関脇の階段に年に離れた従妹が小学生の時に作ったという小さなエッチングのような絵が置いてあった。叔母が2階に持っていこうとしてそのまま置いてあったらしい。可愛い絵だったので気になった私が手に取って良く見ると、2羽の小鳥が向かい合って、その間にハートが描いてあった。私もこの2羽の小鳥のようになれるかなあ? 二つ目は祭りの翌日、コミュニティーセンターに出勤して12... ...続きを見る |
2007/10/09 20:54 |
母のミシン
母のミシンが壊れた。母がこのミシンを手にしてから約50年我が家と一緒に時を刻んできたミシンだ。母は高校を卒業した後は外で働きたいと思っていたので、浜松にあった松菱というデパートの試験を受けて合格し、高3の時の冬休みにはアルバイトもしていたそうだ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E8%8F%B1 けれど、曾祖父が絶対就職するのはダメだと反対したため、母は代わりにこのミシンを買って貰って夢を諦めたのだった。その後数々のお見合いをしてようやくこの人... ...続きを見る |
2007/10/09 09:41 |
世界全体の幸福が無いうちは個人の幸福はありえない
私は自分と意見が違う人に出会って、その人が間違っていて周囲の人に迷惑をかけていることに鈍感であるのを見ると、放っておけず意見を言ってしまう。そういう人はやはり結局、自分のこと、自分の魂の平安のことしか考えていないのではないかと思ってしまう。いくら内省的で穏やかであっても、世の中を変えていこうなんて気持ちはないのではないか、いわば小乗仏教的生き方ではないかと思ってしまう。けれどそういう生き方には限界があると思う。世の中は何も努力しなければたちまち悪くなり崩壊していくのだ。そうしたら自分の魂の平安... ...続きを見る |
2007/09/14 22:16 |
人に優しくできるのは自分を信じられること
今日は人に優しくすることができた。踊りをされている年配の女性の方に「がんばってください」と言えたし、遊びに来た一歳の女の子にも、重圧のせいか尿路結石になってしまったという区長にも、優しく声をかけることができた。昨晩は私の心が曇っていたせいか彦星に逢うことはできなかった。夕暮れに車窓から見た景色はたとえようもなく美しかったけれども、家に帰ってからはまた鬱々として外に出て空を見上げることさえ忘れていた。 言葉というものは諸刃の剣で、相手を傷つけると同時に自分をも傷つけてしまう。優しい言葉を相手... ...続きを見る |
2007/08/08 14:49 |
今日嬉しかったこと。
今朝うれしい事が二つあった。おなべを返し来た方が「調理室きれいになったね。ありがとね。」と言ってくださったこと。学校のプールに泳ぎに行く女の子が挨拶してくれたこと。この子と初めて会ったのは3年前、彼女がまだ幼稚園の時だったが、家庭内が上手く行ってなかったらしく愛情に飢えているような顔をしていた。嫌なことがあると一人で部屋の隅に行って好きな絵本を一人で読んでいるというようなことを聞いた。その後家庭内が上手く行くようになったようでその子はいつも満たされた表情で明るく微笑んでいる子どもになった。子ど... ...続きを見る |
2007/08/08 13:49 |
信ずるという美徳
大谷大学教授の延塚知道さんは作家の高史明さんとの対談の中で次のように言われていた。 ...続きを見る |
2007/08/01 19:43 |
大雨のち晴れ
今朝はものすごい豪雨だった。朝7時30分くらいにゴミ出しにコミュニティーセンターまで自転車で出掛ける時にはもうかなり雲行きがあやしく、ゴミを出して帰路につく時には雨がポツポツ、家について自転車を車庫に入れようとする瞬間にはげしく降り出し、玄関に滑り込んだ時には大雨だった。雷鳴がとどろき豪雨が降り、これで出掛けられるのかと心配になったのだけれど、9時前には雨足が弱くなり母に車で送ってもらった。 今日のコミュニティーセンターは、10時過ぎに業者さんが選挙の機材を搬出しに来た。あとは、土曜日に調... ...続きを見る |
2007/07/30 21:18 |
明るい愁い
今日の青い空のように、私の心は明るくそして愁いを含んでいる。私はやはり夢の、そして影の住人なのかもしれない。私がそこに居場所を見つけられていたと思っていても、それは私の思い過ごしなのかもしれない。ふと気がつけば、いつも私の入り込む余地のない厳然たる現実、時の積み重ねがある。かりそめの心の結びつきがあったとしても、私が純粋に人の幸せを願っていても、それは理解されず、忘れ去られてしまうのかもしれない。考えてみれば、私は今まで私自身を愛してくれた人に出逢ったことがあっただろうか。人は、私ではなく私の... ...続きを見る |
2007/06/20 16:14 |
「オシャレ」はもうたくさんだ
先日の東京滞在では、高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪・西荻窪を歩き回っていた。高円寺は姉が大学2年まで下宿していた所で、私も受験の間姉の家に泊めてもらっていたので親しみがあった。今回は南口にある絵本屋さんを訪ねて行ったのだが、若者のお店がこんなに多いの?と驚きだった。南口はほんの数回それもわずかな距離しか歩いたことがなかったので以前とは比較ができないのだが、高円寺の若者の度合いは尋常ではない。ちょっと恐いくらいだった。 阿佐ヶ谷は東京に住んでいた時はそれほど馴染みがなかったが、定宿にしているホテルがあ... ...続きを見る |
2007/05/31 09:54 |
白い花のさく木
今朝はまだ雨が残り、朝出かける時には雨がやみましたが、お昼時にはまた雲が立ち込めました。でも今はすっかり晴れ渡り、西の窓から明るい夕陽が差しています。少し前にブックオフで偶然見つけた「白い花のさく木」(杉みき子・さく 村上陽・え 金の星社)という絵本。今の気持ちにぴったりでした。 ...続きを見る |
2007/05/17 17:36 |
星野富弘さんのこと
「歌謡チャリティーコンサート」という番組を見ていて、画家の星野富弘さんが中学教師となられてすぐにクラブ活動中の事故で頸椎を損傷して手足の自由を失ったということを知った。 http://www.tomihiro.jp/profile/index.htm 私は星野さんのことは10代の頃から雑誌などでその絵を見たりして知っていたが、あまり深い関心を持たずにいた。永久に失われた手足の自由。若く希望に燃えた青年だったに違いない彼にとってそれはあまりにも残酷な出来事だったはずだ。私も引きこもり時代... ...続きを見る |
2007/05/01 22:16 |
自分の幸せは自分の手で掴みとるのだ。
今朝久しぶりに自転車でゴミ出しに行った。空気は冷たいけれど風はなく明るい日が射していた。どこからか、うぐいすの鳴き声が聞こえた。春はもうそこまで来ている。 昨晩少し疲れていたのでうたた寝をしてしまい、深夜目が覚めた。そして涙が出た。私はある人のことを思っていた。私を助け出してくれたのはその人だ。誰からも見捨てられていた私に、光を当ててくれたのはその人だ。3年前私はその人に会いに行った。道すがら白木蓮の花が咲いていた。それまでの私は、インターネットを通じて何人かの大切に思える人達に出逢うこ... ...続きを見る |
2007/03/15 10:00 |
もうすぐひなまつり
今日、母がひな人形を出してくれた。去年は、「今年はもう出さない」と勝手に言い出した母に猛反発して何とか出させたのだが、今年は母が自発的に出してくれたのでとても嬉しかった。おひな様といってもひな壇はもうないので、ガラスケースに入った藤娘のような日本舞踊を踊っているお人形が6つと、布の押し絵のお内裏様とおひな様、そして犬や鞠で遊ぶ女の子の布の押し絵が2つ。それに小物細工と豆菓子、菜の花と米桜を青いガラスの花瓶に挿して飾った。我が家のおひな様は金屏風ではなくて御殿飾りだった。布絵は母の代からのも... ...続きを見る |
2007/02/28 16:35 |
キツネやバラが私に教えてくれたこと
年末からずっと私には逆風が吹いていたように思う。でもそれは私が更なる成長を遂げるための試練でありステップだったように思う。ここ数日両親とは口論になることが多く、特に母とは冷戦状態という感じだった。普通の親子だったら当然話すであろう私の将来に関することや、両親の兄弟のことや親戚のこと、学暦や仕事に関する話などについて、私が話しても両親が耳をかさなかったり、両親同士でタブーとされている話題があり、言いたいことが自由に言えず心が通じないと感じることが多かったのが、やはり苦しく耐えがたかったのだと思う... ...続きを見る |
2007/02/18 00:23 |
私はいったいいつ本当に幸せになれるのか?
私は、毎日少しづつだが新しいことにトライし、新しい場所に出かけ、前に進んでいるつもりだ。でも、自分がいったいどこに行き着くのか皆目見当がつかない。自分のやりたいことはたくさんある。でも、自分が本当にそこに腰を落ち着けてちゃんと仕事をし生活することができる場所にいつたどりつけるのだろうかと不安になることがある。悔いのない人生を送るために、ある人とある場所で一緒に暮らししかも周囲の人の幸せも考慮に入れる、そんな天恵のようなことがこれからあるのだろうか?私がもっと若かったらと思う。どうして10年近く... ...続きを見る |
2006/10/15 20:39 |
夏バテしない私
私は、人一倍細い体(だった)のに、生まれてこのかた夏バテしたことがないのです。これはどういうことなのでしょう。普通の人より強いのか、それとも普通の人ほど動いていないからか、どちらかだと思うのですが、胃腸が痛んだり、頭痛がしたり、肩こりがしたりそういうことも一切ありません。うつ病になった時以外、眠れなかった日は一日もありません。これは、私がバカだからなのか、それともストレスを上手く回避して生きているか、どちらかなのだと思うのです。私は他人に対して敵意を持たずに、警戒感も一切持たずに、あけっぴろげ... ...続きを見る |
2006/08/18 17:33 |
現実に夢のようなことが起きれば、それはもっと幸せに違いありません。
今朝目が醒めて、様々なことを考えていました。今までの私は、本当にたくさんの人との出逢いと、その方達の努力によって支えられてきたのだとし、しみじみと思ったのです。それは今までも、当然頭ではわかっていた事でしたが、心の底からというのではなかったと思うのです。そう感じるのには、心から現在の自分に満足していなければならないのだと思いました。 美しい音楽や絵画や文学を愉しんだり、サッカーを愉しんだり、お祭りを楽しんだりすることは、私達にとってかけがえのない瞬間ですが、それはつまりは非日常の世界であ... ...続きを見る |
2006/06/14 07:38 |
私の嫌いな人
私の嫌いな人は、次のような人です。 ...続きを見る |
2006/06/01 18:13 |
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