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タイトル 日 時
つつましさ
 もう一つ、女性によくあるパターン。 ...続きを見る

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2008/10/09 09:15
ひるまない
 相手が権力を傘に高圧的な態度に出て無理難題言ってきたり、甘い態度で懐柔しようとしたら、毅然とした態度できっぱり断ること。そこでひるんで流されたら負けです。そこで展開は変わり前進できます。そんな相手は要するにたいした人物ではなく、小心者に過ぎないのです。舐められたら負けです。対等な関係で言うべきことを言えてこそ物事は上手く行くのです。 ...続きを見る

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2008/10/09 07:26
安息日
 土・日と休みなので、今日はゆっくりして好きな時に寝たり食べたりしている。前区長とお塩の会長さんから頂いた手作りのサツマイモを母にふかしてもらって食べているけれど、美容と健康にいいし、自然な甘さで、額に汗して作ったおイモであることを考えると、高級な外国のお菓子よりだんぜんこっちの方がご馳走!心まで温かくなる。 思えば、私はあまりにも走り過ぎていたと思う。テレビをゆっくり見る余裕もなかったし、両親とゆっくり会話しながら食事する心の余裕もなかった。私がすべきなのは、やるべきことをきちんとして周囲の... ...続きを見る

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2008/10/04 14:29
「サラリーマン合気道」
 「王様のブランチ」を見ていて「サラリーマン合気道」という本が紹介されていた。その生き方とは、 ...続きを見る

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2008/10/04 10:14
反俗・孤高
 以前「女たちの肖像 友と出会う航海」(中村輝子 人文書院)のハンナ・アレントの伝記を読んで多くの人々を惹きつけたというハイデッガーの人物像とその哲学について興味を抱いたけれど、ハイデッガーの哲学とはどんなものか皆目見当がつかないでいた。 http://magnoria.at.webry.info/200707/article_6.html ←哲学者達の人物像を知りたい けれども「ムーミンの哲学」(瀬戸一夫 頸草書房)を読んでいて、ハイデッガーと彼に大きな影響を与えたというフィヒテの哲学が... ...続きを見る

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2008/10/02 15:05
本来その人が負うべき責任を肩代わりしていけない。
 私は目の前に困っている人がいたら必ず手助けしている。けれど、本来その人が負うべき責任を肩代わりしてはこちらがつぶされるかもしれないし、それはその人の、そして社会のためにならない。だからその人が一人でできるように知識や技術を与えるということはしても、代わりにやってあげてはいけないのだと思う。もちろん忙しくてあまりに負担が大きい時にはできる範囲で代わってやってあげますけど。 ...続きを見る

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2008/10/02 09:40
人に温かく接すれば、かならず自分のところに帰ってくる
今日は午前中はコミュニティーセンターの仕事。そして午後少し休んでから夕方6時から9時半まで交流センターの仕事。相変わらずあまり体調が優れず、お昼を食べてから休憩して、夜の仕事に備えて1時間くらい寝ていたら、父が「どうしてそんなに寝るんだ。食べすぎだから眠くなるんだ」と言うので、激怒して「何言ってやがる。気が狂ってんじゃないの!?私は仕事ですごくストレスがかかっているんだから。ここでへばって何かあって植物人間になったら困ると思って食べてるんじゃないの。自分は犬の散歩しかしてないくせに」と言っ... ...続きを見る

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2008/10/01 23:09
「大器晩成」
 加島祥造さんの本を読んで、老子に興味を持った。老子ってどんな人かというと、「大器晩成」という言葉は老子の言葉なんですってー。「大器晩成」、私が一番大好きな言葉じゃないですか(笑)。そして、きっと勝ち組が一番嫌いな言葉、禁句(笑)。どうも、老子って世間が考えているのとは全然違う発想でみんなを驚かせるようなおもしろい人だったらしいです(^^)。  高校時代の倫社の資料で調べてみると次のように書いてあった。 ...続きを見る

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2008/09/16 14:59
自然に、ありのままに生きなさい
 加島祥造さんが言っていることは、「自然に、ありのままに生きなさい」ということだと思う。「求めない」(加島祥造 小学館))のはしがきには次のように書かれている。 ...続きを見る

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2008/09/14 19:15
求めない―ということは
求めない― ということは なにもしないことではないよ。 求めないことで かえって自分の 内なる力を汲みだすんだ。 自分のなかの 眠っていた力を呼びさますんだ。 子どもたちは君と 遊びたがるよ 大人たちは君と 争わなくなるよ―ときには 君を馬鹿にするひともでてくるけどもね。 ...続きを見る

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2008/09/12 18:17
求めない
  私が人や物を判断する時の基準は、顔。その人の雰囲気、匂いのようなもの。つまり直感。ある人をよく理解するということは経験や知識が必要だけれども、そういうもの抜きでも好きか嫌いか、良いか悪いかは判断できるはず。だから知識があるからといって、ある人や物を理解できるとは限らない。   「老子と暮らす 知恵と自由のシンプルライフ」(加島祥造 知恵の森文庫 光文社)には「タオ―老子」の第一章が紹介されている。    これが道(タオ)だと口で言ったからって、  それは本当の道ではない。  こ... ...続きを見る

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2008/09/12 14:52
ハックルベリー・フィンの知恵
 「老子と暮らす 知恵と自由のシンプルライフ」(加島祥造 知恵の森文庫 光文社)には次のような箇所があった。 ...続きを見る

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2008/09/09 14:14
体を動かし、会話しましょう。
 直子は、その時、裏で大根を洗つてゐました。もう暖かくなつたので、水仕事も楽になつてゐます。それに、背中や肩に春の光がぽかぽか暖かいので、薄暗い家の中にゐるより幸福に思われました。大体、直子は体を動かして動いてゐるのが好きでした。何か、いそがしくしてゐると、ほかの悲しいことやつらいことを忘れてゐられます。いつの間に、そんなことを覚えたのでせう。つらいことや悲しいことがある時、つらいとか悲しいとか思つて何もしないで考へ込んでゐると悲しさやつらさが段々ひどくなつて来るのですが、そんな時、なアに... ...続きを見る

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2008/08/13 18:33
日常から希望を見出す
 今日は、朝「がんばりましょう!」と言ったわりに、いまひとつ元気が足りんかったなあ・・・。今日はコミュニティーセンターの仕事だったけれど、来客と世間話をする他はたいした仕事もないので、お花に水かけしたり、掃除したりしているわけ。この仕事も今年で4年目になるけれど、たいした仕事じゃなくても少しづつ自分が成長するのがわかるし、私なりにいろいろ考えているのです。それは会社員の時も同じで、変わりばえのない日常からどうやって希望を見出していくかという忍耐力を養っていると思う。それはいわば職人的な生き... ...続きを見る

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2008/08/06 19:29
「話を聞くこと」
 今日は朝ゴミ出しに行って、久しふ”りに自閉症の息子さんのお母さんと立ち話。話をしていて、以前より自分だけで抱え込ます”に、お父さんが協力してくれるようになったのだなあと実感。私が思うのは、お父さんはきっと前から何かできないかと心の中で思っていたに違いないということ。夏休みには広島に保護者の会の方達と旅行に行かれるそうです。お話していても、あの時にあの人のお世話になったから今があるという感謝の言葉が多く聞かれたので、少しづつでも良い方向に向かっているかなあと思いました。  その後、9時からコミ... ...続きを見る

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2008/07/14 18:34
「うつ」な人ほど強く優しくなれる
 今年に入って、うつを経験したので、団体貸出の図書の中にあったうつに関する本を読んでみました。『「うつ」な人ほど強く優しくなれる』(野口敬 明日香出版社)。 http://www.asuka-f.com/details/1035.html  ←「うつ」な人ほど強く優しくなれる この本の中で共感した文章を抜き書きしておきます。 ...続きを見る

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2008/07/03 19:06
すれ違い
 思うに、私達はみんなすれ違いの生活、すれ違いの人生を送っているのであり、それが様々なイライラや誤解・不信を生んでいると思う。なんとなく不都合に感じているけれども、誰に聞いたらいいのかわからないとか、あえて言うほどのことでもないということが、実はストレスになり私達が前進することを妨げてしまっているのです。一人一人はがんばっている、けれども自分だけががんばっていたり我慢しているように思えてしまう。けれども、勇気を出して話してみれば、相手も気を遣ってあれこれ悩んでいるし、ちょっとしたことが誤解を生ん... ...続きを見る

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2008/06/16 21:57
地道な努力の効果が現れはじめた?
  交流センターの仕事を始めて約2ヶ月になる。来場者は未だほんの僅かだけれども、私は来られた方に自分から声をかけてできるだけじっくりお話するようにしているし、同時に積極的にあちこち顔を出すようにしている。そのせいか、最近は先方から「古典の講座でお会いしましたね」とお声をかけていただいたり、ある人とある人の思いがけないつながりを知ったりして、少しづつ視界が開けてきたように思う。  この仕事をしていて痛感するのは、人間は自分を偽ることはできないということ。自分の普段の姿を、いつ誰が見ているとも限... ...続きを見る

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2008/06/15 20:59
人間はしょせん、できることしかできない不器用な存在
今日、区長がお孫さんの世話が大変だという話を聞いていて、しばらく談笑した後、「のりこさん、お母さんを手伝ってあげなよ」と言われた。私もそうしたいのはやまやまなのだけれど、気持ちに余裕がないし、それは父の役目だと思っている。区長は今、お孫さんの世話をされながら畑仕事をしているかれども、区長もお父様を早く亡くされて苦労されたんだったなあ…と思ったら涙が出た。人間はしょせん、できることしかできない不器用な存在だ。だからこそ、自分達が今できることを助け合ってやっていくしかないのです。今できること以上... ...続きを見る

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2008/06/11 16:19
ふたたび秋葉原事件について
 私は被害者のことも、犯人の青年のことも、本当に悲しい。本当に悪いのは誰か?それは社会の側。全ての人達の心の中にある差別意識だと思う。犯人の青年に憤りと不安を感じるという人は、きっとこのような青年のことなどいつも切り捨てている人間だと思う。「そんな人とかかわらない方がいいよ。」それを常識だとして安心し切っていたのだと思う。この犯人の青年をここまで追い込んだのには、あなたにも責任がありますよ!誰にも必要とされないつらさ、それをあなた自身がよく考えてみることです。 ...続きを見る

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2008/06/10 13:22
あなた達には人道というものがないのですか?
 他人のことを疑い出したらきりがないのです。私はどんな人でも敵・味方に関係なく、その人が困っていたら助けるし、苦しい時には助ける、それが人道だと思うのです。自分が助かりたいために、平気で身近な人を裏切ろうとする人達を見ていると、私は本当に悲しくなります。 ...続きを見る

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2008/06/01 00:46
「正しい正しくないか」ではなく「必要とされるかされないか」である 
 私は、その人の存在意義は「正しい正しくないか」ではなく「必要とされるかされないか」なのだと思うようになった。どんなに悪い人間でも、ある人から必要とされれば、その悪人は生き延びることができる。反対にどんなに正しい生き方をしている人間でも、必要としてくれる人がいなくなれば、その人は生きていくことができない。人生って、本当に恐ろしいですね。私達にできることは、権力に寄りかからずに、ある特定の技能・知識だけで良いとせずに、本当に人から必要とされる人間になれるように、真面目に努力を重ねていくしかないのだ... ...続きを見る

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2008/05/18 23:38
総合力のある変人たれ!
 熱血天才アカデミーでダーウィンの特集を見て「総合力のある変人たれ!」というまとめには大いに勇気づけられた。私は20歳の頃から、こんなに勉強して嫁の貰い手がなくなったらどうしよう、友達無くしたらどうしようと、ビクビクしながら生きてきたけれど、これで大手を振って歩けるかもしれないです(^^)。どんなことにも興味を持とうとしてきた人文主義的な生き方が、やっと評価される日が来たのかもしれません。 ...続きを見る

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2008/05/06 20:51
どうしてこんなに頑張っているのだろう?
 東京から帰ってきて久しぶりに家でゆっくりしている。最近思うのだけれど、どうして私はこんなに頑張っているのだろうと思う。普通の人は弱者に嫌なことを押し付けたりして上手く逃げたりしているのに、私はどうしてこんなに真正直にがんばってしまうのだろう。そんなに無理しなくてもと自分に言いたいのだけれど、やっぱり無理しないと何か後でとんでもないことが起こるような気がしてしまうからだと思う。普通の人は自分の居場所がきちんとあって、その中で出る杭は打たれない式で生きているのだろうけれど、私はやっぱり自分が... ...続きを見る

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2008/04/29 16:40
人間が幸せになれるかは善悪ではなく、必要とされているかどうか、要するに実力だ
 今日の午前中は仕事だった。いい天気だったしYさんやお客さんと話をしたり、総代さんに頼まれた祭典会計の表を作っていたので、気が紛れて煩悩を忘れていることができた感じだった。   私は以前リストラに遭ってこれで自分の人生が終わったと思った時に思い知ったのは、人間が幸せになれるかは善悪ではなく、必要とされているかどうか、要するに実力だということだった。いくら人のために尽くしたって相手がそれを理解して感謝してくれなければ、自分は幸せになれない。だから私は自分がした良いことは、声を出して周囲の人に知ら... ...続きを見る

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2008/03/21 12:35
信念がなければ闘えない
 私は、ふだんマイペースに自分のしたいこと、自分のすべきことをして淡々と生きているだけなのです。だから、人と競争しようという意識はほとんどないのです。  私はいつも着実に努力し、ムダな努力はしないのです。だから優等生や、勝ち組の人が頑張って人を蹴落として生きているのとは、全く次元が違う世界で生きているのです。そして、私の前進、成長を阻もうという者が現れた時のみ闘うのです。闘いは信念なくしてできません。信念とはそれによって生き、それによって死ねるようなものです。真理と言い換えてもいいと思います。... ...続きを見る

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2008/02/28 17:44
正しい道というのはある
 やはり、人の世には正しい道、正しい生き方ということはあると思う。けれど、必ずしも正しい生き方をした人が報われ、幸せになるとは限らない。それは、その時の世の中がどんな世の中であるかということで違ってくる。  だから自分の生きる道が正しいと信じている人は、それをできるだけ多くの人に伝える義務がある。それを正しいと信じる人がマジョリティー(多数)になった時に、正しい人はやっと報われる。そして、自分の信じる道が顧みられない時は、絶望せずに、自分の信じる道に陽の目があたるまでじっと耐えることだと思う。... ...続きを見る

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2008/02/24 17:24
社会的に信用されていない人の方が、実は一番倫理感がある
 私は若い頃から、弱い人を誰も見捨てないようにしてきたし、誰も目に留めてくれないようなどんなに地味な報われないように見える仕事でもきちんとすることを心がけてきた。それは私自身が弱かったからでもあるし、そのような仕事しか与えられなかったからでもあるが、普通の人が顧みないようなそのようなことが、私にはつまらないことだとは思えなかったからである。  私は社会的に信用されていない人の方が、実は一番倫理感があると思っている。なぜならば、それは私を含めたその人達にとって、人の道にはずれたことをしない、正し... ...続きを見る

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2008/02/24 07:58
ワクをはみだす
 篠田桃紅さんのインタビューの中で、心に残った言葉を記しておきます。 ...続きを見る

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2008/02/05 12:02
努力して幸せになるしかないのです
 昨晩、友人の人生相談に乗っていた。友人は新しい仕事の準備も少しづつ進み頑張っているのだが、それでも別れた彼女との関係に悩んで、時々精神的に不安定になるらしかった。 昨晩も2時間くらい友人の話を延々と聴いていて、時々は自分の意見も言ってみたが、それでも同じことを何度も繰返すので、もう今日は堪忍して欲しいといらだってきてちょっと私の語気も荒立ってきたのだけれど、その時に「たとえ以前幸せな時間を一緒に過ごしてきたとしても、今が幸せじゃなかったら、それを幸せだったと思い返すことはできないよ。」と... ...続きを見る

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2008/01/28 20:49
規格外の人間
 私は、現在人並みの生活をしている人の中には、単に組織にとって扱い易い、要するに規格に合った人間という意味の価値しかない人もいると思う。それは市場で流通している野菜と同じで、箱に詰めるのに便利で、取り扱いがし易く、賞味期限内という意味でしかないのではないかと思う。私は働いている時間は人並みの人よりずっと少ないけれど、人並みの人よりずっと勉強しているし知識だってあるし、人生経験だってあるんじゃないかと思うことがある。それにその知識をブログで発信したりボランティアをしたりして、多少なりとも世の中に貢... ...続きを見る

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2008/01/24 08:13
競争ではなく闘いだ
 私は今の日本の大部分の人達は、闘いではなく競争をしているだけではないのかと思う。既得権益を求めてわれ先に人を押しのけて他人を蹴落とし先へ先へ進もうとする人達。けれど、競争では自己満足が得られるだけで、競争ばかり続けていてはそのうち息切れがして脱落してしまうのではないかと思う。私達に必要なのは、競争ではなく真の闘いではないだろうか。自分達の信念をぶつけ合って、それによってお互いが学び、新しい真理を掴み、新しい自分に生まれ変わる、そういう闘いが必要なのだと思う。 ...続きを見る

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2008/01/23 13:52
前へ前へ
 今日は本当に暖かくていい天気で、昼前にイオンに行って買い物をした後、今近所のお宅にクリスマス・プレゼントを置いてきた。お互い忙しかったこともあって、その方は今年は時々立ち話する他はあまりお会いしなかったのだけれど、弟さんを始めとして親族をたくさん亡くされたということを知ってびっくりしてしまった。弟さんはまだ46で急性心筋梗塞だったそうだが、本当に人の寿命というものはわからないものだと改めて思った。今の日本の状況から言って、私だって本当にいつどうなるかわからない。誰かが亡くなると雪崩現象の... ...続きを見る

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2007/12/23 15:27
C’EST LA VIE
 昨日の午後からずっと聴いているのが、ケミストリーの「The Way We Are」。ケミストリーってなんかずっといいなあ〜と思ってたけど、じっくり聴くと歌詞も凄くいいね!一番好きなのは「PIECE OF A DREAM」。「You Go Your Way」もいいね。それからこの曲もいいよ(^^)。  ...続きを見る

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2007/12/15 11:47
相良小学校 校歌
 昨日、谷川俊太郎・賢作さん親子のコンサートで伺った静岡県牧之原市立相良小学校の校歌を紹介したいと思います。 ...続きを見る

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2007/11/08 22:17
お姫さま
 私は何かイベントがあったり会議があったりしても、当事者ではないので、いつも黙って微笑んでいるだけ。時々周囲を見て歩いて「これは素敵ですね〜、大変だったでしょう」などと声をかけ、誰か困っている人がいればちょっと手を貸してあげたり、当事者同士が対立している場面で双方を取り持つようにちょっとした気の利いた言葉をかけたり、お話をするだけ。だけど、それだけでその場はとても和んで、盛り上がるのです。不思議でしょう?でも、私は常に陰で地道な努力をしているのです。年収36万でも今まで購入した本はあらゆる分野1... ...続きを見る

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2007/10/21 11:23
神様に感謝
 渡部信一さんの「自閉症児の育て方―笑顔で育つ子どもたち―」を読みながら、私はなんだか心が穏やかに温かくなるのを感じた。世の中には、このように地味だけれど相手の幸せを願いながら、きちんと仕事をされている方がきっとまだまだいらっしゃるのだろうなあと思えたからだ。自分さえよければ、他人を出し抜こう、そんな貧しい心で生きている人ばかり見ているせいか、たまにこういう方に出逢えると私は本当に嬉しくなりほっとする。今日も静かな夕暮れを穏やかな気持ちで迎えることができた。神様に感謝したい。 ...続きを見る

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2007/10/16 17:38
雨降って地固まるを目指す
 誤解のないように言っておくのだけれど、現実の私は常に年長者や男性を立て、年下の人間や子ども達など弱い立場の人に優しく、言葉使いにも気を遣い、人が嫌がるようなことも笑顔で率先してやるし、言うべき事は言うけれど、普段は分をわきまえ出しゃばらず、常に相手の良いところを見て褒め励ます、そういう大和撫子のような女性なのですよ!私が時々人と衝突するのは相手を破壊しようとしているのではなく、雨降って地固まるの例えのごとく、その人と周囲の人の幸せを願っているからなのです。それは半分本能的な勘で常にその機会を逃... ...続きを見る

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2007/10/08 14:19
スパイスの役割
  私は先日、助けを求めている人には生きていくための塩を、倦怠に悩んでいる人には刺激のあるスパイスを与える存在になりたいと言ったが、 http://magnoria.at.webry.info/200710/article_6.html ふとスパイスの役割って腐りを防止することだったなあ〜と思ったのだった。新鮮な食物には本来スパイスなんか必要じゃないのです。私は香水も好きじゃないですね。 http://magnoria.at.webry.info/200606/article_125.ht... ...続きを見る

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2007/10/04 10:22
塩とスパイス
  最近気分に合わせてブログの表紙をこまめに変えるようにしているのだが、ちょっと赤系は危険な感じがするかなと思ったので(苦笑、ねこの表紙に変えてみた。ねこの表紙もいくつかあるのだけれど、「おばあさんのふしぎなこねこ」に黒ネコと白ネコが出てきたし、うすい透明感のある水色の涼やかな感じが気に入ってこの表紙を選んでみた。 http://magnoria.at.webry.info/200709/article_122.html それでよく見ると白ネコのお皿にはSALT、黒ネコのお皿にはPEPPE... ...続きを見る

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2007/10/02 13:15
ゲリラ的
 須賀敦子さんが武田百合子のことを「当時、私は、ゲリラみたいな彼女の文章の明るさ、力強さにすがりつく思いだった」と言っているそうなのだけれど、考えてみれば私のしてることもゲリラ的だなあ〜と思ってしまった。一歩間違えば自爆寸前の言葉を相手に投げつけて、間一発救われたことがあった。あの時は閃光が走って、あわてて身を伏せて様子を伺って、後で一歩間違えば死んでいたことを知った。あの時助けていただいた方々には今でも感謝の念にたえません。あれはいったいどなただったのか?いつか名乗り出てくださらないかな... ...続きを見る

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2007/10/01 13:49
ピョンと跳ぶことだね
 ウサギ氏    大西美千代 ...続きを見る

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2007/09/24 20:41
「節度」と「あきらめない」
  私は、いわゆる「普通じゃない人」と縁がある。学者、小説家、芸術家、そういう人達だ。そういう人達はやはり世間と上手くやっていけない場合が多いので、その不安を打ち消すために何かに溺れることが多いと思う。モテない人だったら本か酒に溺れるし、モテる人は女か酒に溺れる。けれどモテない人はモテるようになることを諦めてはいけないし、モテる人はモテるからって紳士であることを諦めてはいけないと思う。モテない人はもっと大胆になっていいし、男らしくなるために努力した方がいいと思う。モテる人は、夜更かししないでき... ...続きを見る

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2007/09/19 14:00
うだうだ言ってないで、早く跳べ。
 「未知なるものへの生成 ベルクソン生命哲学」(守永直幹 春秋社)を読み返していたら、このところ私が考えていたことに回答を与えてくれるような記述を見つけた。 ...続きを見る

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2007/09/18 19:46
アフリカに行け
 私は堀江敏幸が動物園が好きというのがどうしても許せなくて、あれからも色々考えていた。動物園で動物を見て楽しむというのは、自分は絶対の安全地帯にいて、抵抗できない動物の犠牲のもとに成立する快楽なのではないか?本当に動物が好きだというのなら、最低でも自分がその動物の生息地に行って命の危険を感じながら観察するのでなければ本物ではない。そしてキリンならアフリカに行って、マサイ族のようにキリンと共棲しなければ本当ではない。だったら本ばかり読んでないで体も鍛えたらどうだ。その意味で10年間ジムに通って修行... ...続きを見る

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2007/09/15 08:42
世界全体の幸福が無いうちは個人の幸福はありえない
 私は自分と意見が違う人に出会って、その人が間違っていて周囲の人に迷惑をかけていることに鈍感であるのを見ると、放っておけず意見を言ってしまう。そういう人はやはり結局、自分のこと、自分の魂の平安のことしか考えていないのではないかと思ってしまう。いくら内省的で穏やかであっても、世の中を変えていこうなんて気持ちはないのではないか、いわば小乗仏教的生き方ではないかと思ってしまう。けれどそういう生き方には限界があると思う。世の中は何も努力しなければたちまち悪くなり崩壊していくのだ。そうしたら自分の魂の平安... ...続きを見る

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2007/09/14 22:16
媚びない
 私は一応世間には媚びない生き方をしてきたつもりだ。私のように深く物を考えるタイプの人間にはずっと逆風が吹いていたように思う。「女の子は明るく可愛く」が世間が求めるものだったので、そうでない私は本当に苦しかった。仕方が無く時代に逆行して一人本を読んでいたが、学者や芸術家を身近に持たない私にとっては、それは家族、親戚、故郷からもだんだん遠ざかって孤立していく行為のように感じられたし、会社でも周囲は普通のサラリーマンだったので、こんな自分は嫌われるだろうな、お嫁に貰ってくれる人はいないだろうな、とま... ...続きを見る

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2007/09/09 10:32
自分を受け止め、自分からアプローチしていこう。
 人は誰だって自分のことを善良な人間だと思いたい。だから表面的な見栄えの良い部分の自分だけを自分だと思って、見たくない自分・目をそむけたい自分を直視しようとはしないのだ。けれどそうして自分を誤魔化して本当の自分を知ることができなければ本当の魂の平安はないのだし、真実の友に出逢うこともできないのだと思う。だから勇気を出して本当の自分を見つめよう。そうすれば実はあなたにはたくさんの仲間がいたことに気づくのではないのだろうか。文学や芸術の世界を知れば、決してあなたのような人間は特別ではなく、世間の目や... ...続きを見る

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2007/09/02 16:56
がんばって生きる
 今、私がすべきなのは、人の面倒を見ることではなく、自分ががんばって生きていることをできるだけ多くの人に知ってもらって勇気を与えることではないかと思う。43歳、未婚、夫・子ども無し、資格なし、へんぴな片田舎に暮らす、こんな絶望的な状況でも夢を失わず勇気を忘れず生きている人間がいるということに気づいて欲しいのだ。いくら私が他人のすべきことの肩代わりをしても世の中は良くはならない。一人一人が変わらなければ日本の未来はない。 一見甘えて楽しているように見える私がどんなに背水の陣で生きているかというこ... ...続きを見る

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2007/08/12 12:45
一歩前進、これから反撃だ!
 今朝はまだ心が不安定だった。けれどちゃんと朝7時過ぎに燃えないゴミを出しに行って、仕事も周囲に気兼ねせず自分のやるべきことをきちんとできた。年長の方にも勇気を出して自分が正しいと思っていること、自分の主張したいことを言えた。いくら相手が年長だって自分の主張を通していかなければ結局自分が潰されるだけだ。理解のない石頭の人や、他人への思いやりも持たず他人の都合など考えず自分の都合ばかり押し通そうとしている人達と、私はこれから闘っていく。今日は一歩前進、これからいよいよ反撃開始! ...続きを見る

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2007/08/10 12:49
生計が立たなければ何も本腰を入れてできない。
 私にはやりたいことがたくさんある。読み聞かせ、自閉症の子ども達の支援、絵を描くこと、などなど。でもこれは全て自分自身の生計が立っていなければ、本腰を入れてやることはできないことなのだ。子どもを通したおつきあいだって、生計が立ってしかも養育費まで稼いでいることが前提だ。私のような人間には、やはりオブザーバーとかちょっとしたお手伝いをする心の余裕しか許されてはいないのだ。その時々に出会ったものに対して短期間・短時間きちんと向き合うことしか私には許されてはいないのだ。私はこうやって、これからも木から... ...続きを見る

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2007/08/06 13:37
自分を成長させることは信じること
 人は自分を成長させ新しい自分に生まれ変わることで、自分が受けた傷や過去の恨みから解放されていくのだと思う。だから新しい自分に生まれ変わることができる人は、自分を信じることができ、他人をも信じることができるのだと思う。それができない人は、今の自分の立場を守ることしかできず、他人から自分の立場が脅かされることを怖れ続けて生きていなければならない。だから安心して生きていくためには、自分自身を成長させ続けていくしかないのだと私は思う。 ...続きを見る

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2007/08/04 20:58
時には立ち止まり慎重に歩こう
 今日は仕事から帰って胸がむかついて仕方がなかった。午後、御前崎の図書館まで行ってたくさん本を見ているうちに大分心の波は鎮まったけれど、でもまだ心が疼いている感じがする。やっぱり私は、あの時の心の傷から完全に立ち直ったわけではないのだろう。全ての人の幸せを願っていたつもりなのに、結局その誠意は通じておらず、自分一人がスケープゴートとなって、私以外の全ての人が幸せになり私一人が地獄に落ちた、その時の心の傷が時々疼くのだと思う。思えばそれは私に力がなかったからであり、相手に自分の真意を口で伝える... ...続きを見る

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2007/08/03 20:49
「PEACH」
 この前、夕ご飯を食べながらテレビを見ていたら、大塚愛が「PEACH」という曲を歌っていた。ちょうどDOLEの4色アイスの中からピーチを選んで食べていたので、びっくりしてまじまじと聴いてしまった。大塚愛が言ってたけど、PEACHってハートをさかさにした形なんだよね〜。モモって、水気があって少し苦くてすっぱくて甘いちょっと不思議な味がする。恋はエネルギーがなくちゃできない。私はやっぱりいつでも恋をしていたい。それは未知の自分と出会うためでもある。私はいつでも新しい自分に出会いたいし、人生をやり残し... ...続きを見る

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2007/07/29 11:03
無用の用
今日は雨が降り注いでいるせいか気が滅入っている。考えてみれば、私の立場は、いわば無ければ無くてもいいもの、そういうものだったような気がする。本当に役立たずで、仕事も秘書、間接部門の事務でお茶汲み、コピー取り、掃除、そういう無ければ無いで済むような場所にばかりいた。今のコミュニティーセンターの事務だって締め切って人がこなければ必要ない仕事だ。それまでの区長は家にいて仕事をしていたのだから。私はいつも「必要ない。お金のムダ」だと言われないように、何とか自分が役に立つ存在だと認めてもらえるように必... ...続きを見る

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2007/07/21 15:48
飼い犬、飼い猫にはなりたくない
 なんだか久しぶりに「シートン動物記」(白木茂訳 偕成社)を読みたくなった。「シートン動物記」は私が小2の時に出逢って、本を読む楽しさを知ることになった最初の愛読書だ。全部で6巻35くらいのお話が収録されていて、好きなお話はその中にいくつもあった。「オオカミ王ロボ」「赤えりウズラ」「灰色グマの一生」「サンドヒルの雄ジカ」「ちびすけ軍馬」「伝書バトアルノー」「裏町のすてネコ」。どれもが心底面白くて待ちきれないように次から次へと読んだあの興奮を思い出す。  なぜそんなにこの「シートン動物記」に心奪... ...続きを見る

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2007/07/21 13:09
人を信じる力
 今日の「どんど晴れ」で彩華が「夏美さんにあって私にないものに気づきました。それは人を信じる力です」と言っていた。そうなのです。私が持っているなかで一番素晴らしいと思えるもの、いや私が持っている唯一と言ってもいいようなものが「人を信じる力」なのだと思うのです。私は夏美のように満足に何もできず、どれをとっても世間の普通の人には及びません。料理も、お花も、ピアノも、お琴も、語学も、車に乗ることもできず、人に教えられるような専門知識もまだありません。でも私には「人を信じる力」があるのです。  「人を... ...続きを見る

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2007/07/20 18:06
やっぱり愛なのだ
 今日は部屋の掃除をして過ごした。午前中エホバの証人の方が見えて少し話した他は誰も来ず、夕ご飯の後で伯父から誕生日祝いの電話があり、あとは友人からも電話を貰った。夕ご飯は母がラム肉を焼いてくれた他はお刺身、ビールなどで多少いつもよりご馳走で、自分の誕生日を一諸に祝ってくれる人がいることは有難いなと思いながら食卓に着くと、母がその時に口にした「生きてるだけでもいい」という言葉を聞いて「そんな言い方ない。それは自分に言ってもいいけれど人に言う言葉じゃない。私が昨冬にあれだけ体調を崩したのもあなたがち... ...続きを見る

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2007/07/17 23:30
水の精
 先日の宮下啓三先生の講演会で、妖精には風(空気)の精・水の精・火の精・土の精の4つがあって、その中で水の精だけが人間と結婚できるのだということを知った。さしずめ私は竜女やセイレーン(何言ってんだー、自分でよく言うよ)、で水の精に分類されるだろうから、結婚できるかもしれない。 http://magnoria.at.webry.info/200602/article_18.html http://magnoria.at.webry.info/200606/article_114.html そ... ...続きを見る

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2007/07/17 18:09
私の天国と地獄
 私が社会人になった頃、私には頼りなる肉親も親戚も友人も存在しなかった。世の中のことは何も知らなかった。そういう逆境の中で唯一自分を支える拠り所となったのは、人より人間性で優るということだった。私はそれまでも何度か人から見捨てられてきたけれど、自分はどんな人も見捨てないようにしよう、誰もが相手にしないような人にも優しく普通に接しよう、相手が偉かろうが偉くなかろうが同じように接しよう、誰に対しても真の友人であろうと努めてきた。それは自分が人から見捨てられるような人間だったからでもあり、そのよう... ...続きを見る

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2007/07/15 10:41
自分のことじゃないか
 現在の世の中は何でも分業制で、自分が本来責任を持つことまで人任せの人が多いのではないか?例えば子育ては自分は養育費を稼ぐから子供の面倒は学校で見てくれ、しつけも教育も学校の責任だ、そういうことになってしまっている。それから自分の体のことは自分が一番良くわかるはずなのに、直ぐに病院に行って薬を貰ってそれが当然だと思っている。でもその前に自分で体調を管理したり食事について考えるべきなのではないか?それに自分の人生でさえ自分で決断できず人任せにしている人が多いと思う。今は情報はいくらでも手に入り、何... ...続きを見る

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2007/07/13 14:37
勉強するのは騙されないためだ。
 思ったのだが、私が勉強するのは騙されたくないからだ。人は、相手が専門知識があったり有名だったりすると無条件に相手を信じてしまったりする。けれど知識はお金と努力で手に入れられる。つまり高級な洋服のようなものだ。しかしいくら高級な洋服を着ていたって、その人の品性はごまかせない。その人が真剣に生きて、周囲の人に対する思いやりを持っていれば、それはおのずと顔に表れて、その人がたとえみすぼらしい恰好をしていたって、見る人が見ればその人の人間性はわかるのだ。でも高級な洋服を着ている人のどこがどうおかしいの... ...続きを見る

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2007/07/13 13:17
目覚めよ、二ッポン・ビューティ
 昨日「Grazia」という雑誌を初めて買った。私が新刊で買う雑誌は「クロワッサン」くらいで、「メイプル」とかもできれば買いたいけど、こういうのは買い出すときりがないし場所を取るのであまり買わない。それに定価で買いたくないのでブックオフでたまにいい記事がある時だけ買う。雑誌買うのにまでケチケチしなくてはならないのは貧乏症だなあ…(嘆。  「Grazia」の今月号を買ったのは「職人な女が美しい!伝統工芸のGraziaたち」という特集があったから。 http://www.joseishi.net... ...続きを見る

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2007/07/12 19:05
他人の哲学は自分のためになるのか?
 哲学を勉強する時に、まず疑問に思うのは、どうして人によって言っていることがこうも違うのだろうということだ。誰かがある説を立てると、かならずそれは間違っている、自分の方が正しい、と言う人が出てくる。それはなぜなのか?生きている時代が違うからなのか?生まれ育った環境が違うからなのか?性格が違うからなのか?その人が暮らしている世界が違うからなのか? ある説に反論するには、その人の書いた本や言っていることを十分理解してからではなくてはできないはずだ。だから私達は、いきなり教科書でこうこうこういう説が... ...続きを見る

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2007/07/12 12:24
エロースとアガペー
 高校の時の倫社の教科書(資料)を読んでいたら次のように書いてあった。 ...続きを見る

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2007/07/12 11:00
向上心のある人間は意地悪ではない
 ふと思ったのだが、「向上心のある人間は意地悪ではない」ということは言えるのではないかと思う。頭が良かったり何でもできる人でも、それ以上自分を向上させようとしない人は、自分の才能を生まれつきのものだと思っていて、しかも頭が悪かったり何もできない人を生まれつきだと思っていてバカにしているのです。それゆえその人は今の地位に安住して、安心して自分より劣っている弱者に意地悪することができるのです。それに対して向上心のある人は自分に足りないところがあると自覚しているから努力する。彼らは向上心のない人間を軽... ...続きを見る

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2007/07/12 09:33
天国と地獄 その3
 「地獄に落ちた、地獄に落ちちゃった!なんてかわいそうな、ふしあわせなわしだ。これからわしはどうなるんだろう。」  こうしてまた百年がすぎ、さらに百年がすぎました。お金もちは、とても想像もつかないくらい、退屈で退屈でたまらなくなりました。  二千年めがおわりますと、ペトロがまたはいってきました。  「ようこそ!」と、お金もちは、ペトロに声をかけました。「あなたのくるのを待ちこがれてましたよ。さびしくてやりきれません。このままいつまでもつづくんですかね。ずっと永久に?」そして、ちょっと間をお... ...続きを見る

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2007/07/10 20:38
デカルトの学問の4原則
 デカルトが学問をする上で自分に課していたモットーは次の4つだった。 ...続きを見る

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2007/07/10 12:05
自分の頭で考えよ
 ここ数日デカルトを主に哲学について考えてきたが、今ひとつすっきり分かった気がしなかった。夕ご飯を食べた後、何もやる気がしなくてすぐに寝てしまった。でも、深夜目が覚めてもう少し頑張ってみようと高校の倫社の教科書を読み直してみたのだが、そこに載っていた次の説明で、デカルトが言いたかったことがスッと分かったような気がした。 ...続きを見る

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2007/07/10 09:56
ゆっくり少しづつ手探りで前に進む
 私は勉強していて、ふと私はなぜこんなこと勉強しているんだろうと思うことがある。それがちょっと辞書を引いたり地図で調べたりそういうことならいいのだけれど、ある程度根を詰めて長い時間を勉強する必要があるようなことだと、私はそれで食べていくわけでもないのにこんなことをしていていいのだろうか、学生でもないのに、と罪悪感のようなものを感じたり、私って何やってんだろう、と思ったりしてしまう。難しい哲学や物理学、化学、数学、文学、芸術、そういうものの専門家になるために勉強する時間もお金も私にはないのだ。それ... ...続きを見る

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2007/07/09 16:55
哲学者達の人物像を知りたい
  私の大学時代の専攻は哲学科人文専修だが、今まで哲学なんて全然勉強したいとは思わなかった。もちろん哲学書を読まなくても、生きていく上で私は常に自分の在り方を考えていたし、自分の人生哲学というものはある。ただ高校時代に倫社の時間に習った哲学は当時の私にはちんぷんかんぷんだったし、大学時代はモンテーニュやロラン・バルトなど読まされたが全然理解できなかったし興味もなかった。社会人になってからもそうだった。頭が悪かったし幼かったし、それよりも私を守ってくれたのは幼い時に読んだ文学書から学んだ生き方や... ...続きを見る

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2007/07/03 11:18
治ると信じて生きた方がずっと幸せなのではないか?
 昨日の夜8時からの教育テレビの「福祉ネットワーク」で掘田あけみさんが自閉症の息子さんとのこれまでの歩みを語られているのを見た。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E7%94%B0%E3%81%82%E3%81%91%E3%81%BF 息子さんは一見自閉症とは見えない賢そうなニコニコした少年で、字も読めるし、ただ音には敏感だということだった。自閉症というと奇声を発したり飛び跳ねたり表情や体型に特色があって一目でそれとわかるというケースが多いと思うの... ...続きを見る

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2007/06/19 17:35
嫌われ者に一言
 私の周囲の嫌われ者を見ていて思うのは、この人は「あなたは一番だよ」と言って欲しいんじゃないかなあということだ。でもね、あなたに必要なのは自分が一番になろうと頑張るより、他人のいいところを認めることじゃないかなあ。人間というものは、自分に好意を持ってくれている人のことは悪くは思わないものだよ。何でも自分の方が優れていないといけないと思ってるから、良いものが何にもわからないんだ。世間で認められているものには全部反発しているし、自分の好きなものは自分しかわからないと思い込んでいるからダメなのだ。... ...続きを見る

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2007/06/16 11:27
途上のまなざし
 私は昨日、素直に物を見、受け入れることが大切だということを言ったが、 http://magnoria.at.webry.info/200706/article_47.html 尾崎喜八の「さまざまな泉」(白水社)を読んでいたら、共感できる文章に出会うことができた。 ...続きを見る

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2007/06/14 11:11
詩のわかる人
 私は、詩のわかる人が好きだ。詩がわかるっていうことは、レイチェル・カーソンが言う「センス・オブ・ワンダー」を持っているっていうことで、モンテーニュが「こんなに多くの事物について豊かな知識を持っている霊魂が、それだけ生き生きと目ざめた霊魂にならないのはなぜか」と疑問を呈しているけれど、それはその人が「センス・オブ・ワンダー」を忘れてしまっているからじゃないかと思う。詩がわかる人は、童心を持ち続けている人だ。そしてよいものはよいと思える素直な心を持っている人だと思う。私も20頃までは、発達障害のた... ...続きを見る

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2007/06/13 19:03
どこにいようと夢を忘れず必死で生きるのだ
  私はいつも最上をめざしている。それは別に一番になりたいからじゃない、ただ自分の好きなことを極めたいだけなのだ。私は親からいい大学に入りなさいとか、いい会社に入りなさいとか言われたことは一度もない。でも好きな英語をがんばったら地元で一番の進学校に入れたし、一流大学といわれる大学にも入れた。それは別にいい会社に入りたかったからじゃない。私は発達障害のため大学の講義の内容はほとんど理解できなかったが、周囲に優秀な人がいたということは私に劣等感と向上心を与えたと思う。就職先は二流の会社で、その時に... ...続きを見る

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2007/06/12 11:24
大乗仏教
  ここ数日、仏教について考えている。高校時代の倫社の教科書を取り出してきて読んでみたら、大乗仏教について説明している箇所があった。   大乗仏教の経典の一つである維摩経は、主人公の在俗の仏教者の維摩詰が、偏狭な小乗的立場にとどまっている弟子達を大乗の思想に目覚めさせようとして、問答をするという構成になっている。その中に、病気の維摩詰を仏陀の命令によって文殊菩薩が見舞いに行く場面がある。維摩詰はリッチャヴィ族の首都に住む富豪。文殊菩薩が「なぜ病気になったのか、いつ直るのか」と問うたのに対して... ...続きを見る

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2007/06/11 16:42
真理、経験とは一人では身につけられない
 できるできないで言ったら、私ほどできない人はいないかもしれない。車に乗れない、料理のレパートリーはほとんどない、本はたくさん持っているけれど速く読めない、手芸もあまりしたことはない、ピアノは弾けない、歌は歌えない、重いものは持てない…。ただ私はすごくいろいろなことに興味があるし、なにかするのが下手でもすごく愉しかったりするし、見ることはすごく好きだ。今しないことが多いのは、まず本を読みたいし、経済的な生活の安定が必要だからであり、他のことをする精神的な余裕がないのだ。稼いでくれる夫がいないし、... ...続きを見る

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2007/06/09 14:43
菩薩道
 人は、「参った」という経験がないと自分を変えようとはしない。だから生まれ変わるには挫折が必要なのだ。私の周囲の「嫌われ者」は、反発してばかりで本当に挫折した経験がないのではないかと思う。だから、私はその人達を救うためにも、私の言うことが正しいと受け入れざるを得ないような一人前の人間になれるように頑張らないといけないと思うのだ。こんな考え方するのって、私だけかな? でも、きっとこれは、大乗仏教で、菩薩が衆生を救済する利他行を完成して仏になる、ということなのかもしれない。そして、誰でも、菩... ...続きを見る

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2007/06/09 11:02
怠け者
 私って元来が怠け者だと思う。好きなことしかしない、否、好きなことしかできないのだと思う。頑張り屋ではなく、競争意識もないので、みんながやっているから、とか、みんなに負けたくないから、という動機で何かをすることはできないし、ひねくれ者でもないから、みんながやらないことをやる、ということもない。ただ、大変な思いをして生きているみんなに申し訳ないという気持ちがあるので、自分が何かお手伝いできないかと思って、ほんのわずかな労力で手助けして人から喜ばれているというズルイ人間なのです。そして私が努力するの... ...続きを見る

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2007/06/08 17:13
今の自分でいい
 最近私は自分が何がしたいかということがだいたい見えてきたように思う。好きな本を読み、好きな物を身近に置き、のんびりと足を着けて身近な人と仲良く生活しながら、たまにはお出かけして、いろいろなことを考え、それを文章にする。近くに困っている人がいれば、自分のできる範囲で手助けする。要するにそういうことだと思う。大切なのはどんな本を読むか、どんな物を身近に置くのか、どんな人と暮らしていくのか、それさえ満足のいくものであれば、とにかく生活していければいいのだ。以前はどうやって生計を立てていくか、両親の介... ...続きを見る

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2007/06/01 18:01
「人生は私になにを期待するか」
 「スタジオパークからこんにちは」に少年隊の錦織一清が出演しているのを見ていた。彼について、つかこうへいが「自分の後をつぐ演出家になれる人。心の優しい子」と話すのを聴きながら彼と一緒にじーんとしてしまった。彼は「評価は他人がするもの。この世界は自分がなりたいと思っていたものではなく、仕事を引き受けているうちに別のものになってしまっているというようなところがある。今与えられた事に集中することで未来が開けてくる。」ということを言っていたが、私もそう思う。先日の「プロフェッショナル」でも装丁家の鈴木成... ...続きを見る

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2007/05/31 14:55
祈り
 祈りとは何か、ということを考え直していたのだが、祈りとは今この瞬間に集中すること、つまり自分が自分で良いと許されている感覚ではないかと思う。人は自分の真実の姿をなかなか受け入れられない。人と上手くやっていけない時、自分が悪いのではなく、相手が悪いのであって、そのままの自分を受け入れてくれる人や場所がどこか別のところにあるのではないかと思ってしまう。たしかに自分だけが悪いのではない。しかし、他人だけが悪いのでもない。どんなに今の自分が惨めな姿であっても、そういう自分を受け入れて、一から始めるしか... ...続きを見る

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2007/05/22 10:26
君は悪くなんかないさ
今までの君の長い人生どんなに酷かったろう・・・ ...続きを見る

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2007/05/22 08:57
自分のために生きようよ
 以前私は「そんなブログなんか書いてないでさっさと働け」と言われたことがあります。でも果たしてそうなのか?私にとってこのブログを書くことは、自分が自分であるために絶対必要なことであり、自分なりに精一杯生きている姿や自分の正しいと思っていることを一人でも多くの人に伝えて世の中を少しでも変えていければ、新しい出逢いが生まれれば、と思って書いているのであり、それが結局は自分の将来のためになると私は信じているから書いているのです。今はお金さえあれば自分の代わりに他人が何でもやってくれる世の中です。お金さ... ...続きを見る

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2007/05/17 17:06
なぜ神様は小鳥に良くしてくださるのか
 今日も素晴らしいお天気。朝から図書館に行ってきたが、出かける時に下水の工事のおじさんと話すと「休みは日曜だけだよ」というので「大変ですね」と答えながら肩身を狭くして出かける。行き帰りの田んぼの中の道を自転車で気持ち良く走っていると、小鳥のさえずりが聞こえる。ふと、私は気がついた。なぜ詩人が小鳥にたとえられるのかが。小鳥は耕しも紡ぎもしないけれど、美しい声で楽しげに歌うから、神様が良くしてくださるのだ。だから耕すことも紡ぐこともできない私は、これからも美しい声で楽しく歌い続けよう。 ...続きを見る

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2007/05/12 12:42
心穏やかに暮らすには問題から逃げないこと
 今朝少し早めに出勤すると、区長がコピーを取っていてそのまま市役所へ慌しく出かけて行った。その後は1時間以上誰も来なかったので、適当に席を外して、汚れていたゴミ箱や町のゴミ回収用のプラスチックの箱をタワシでゴシゴシ洗ったり、落ち葉や木の枝(近所のが飛ばされてくるので私が掃除しなくてはならないのです)を拾っていた。汚いとどうしても触りたくないものだが、えいっと我慢して掃除すると綺麗になって気持ちがすっきりする。人間というものは解決すべきことを意識しないようにしていても、必ずそれは無意識に自分の... ...続きを見る

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2007/05/11 19:28
風をおこそう!
 今日は雨。水路ざらいに出た方達は大変だったと思う。女性でも出た方がけっこうあったそうだ。御苦労様でした。連休中はいつもと同じように出勤したが、4日の金曜日はお子さんが帰省ということでKさんはお休み、コミュニティーセンターを訪れる人も皆無で、事務室にいるのもシャクなので調理室でガスコンロや調理台を磨いていたら、精神が集中でき気持ちが落ち着いた。職人が仕事をする時もきっとこんな気持ちなんだろうなあと思えた。その後、プランターの花にホースで水かけをしていたら、近所の人が夫婦で仲良く散歩しながら通りか... ...続きを見る

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2007/05/06 22:22
二人の閨秀詩人 ルイーズ・ラベと大伴道子
 以前から惹かれて手元に置いていた「焔の女 ルイーズ・ラベの詩と生涯」(沓掛良彦 白馬書房/風の薔薇 1988)と大伴道子の詩歌集数冊を読み返していた。ルイーズ・ラベはルネッサンスのフランスのリヨンに生まれ、フランスの和泉式部ともいうべき情熱的な詩を残した詩人であり、社交界の華であった。一方大伴道子は辻井喬の母、そして堤康次郎夫人である。ルイーズ・ラベは綱具商の娘として生まれながら、裕福な商人と結婚しその美貌と才能と教養によってリヨンの名流婦人の仲間入りを果たした。大伴道子は士族の娘であるが親族... ...続きを見る

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2007/04/16 16:19
信用は地道な積み重ねによって得られる
 明日は、老人会の総会ということでみなさん準備に忙しかった。総会資料は既に用意してあったのだが、一部訂正が入って急に差し替えになり、担当の方が用事があるというので、私が輪転機で280部刷ってあげた(大根2本と交換で(笑))。輪転機は製版をしてそれを印刷するようになっているので両面印刷は原理上できない。なので両面印刷したい時は、裏返してまた印刷するのだ。用紙に空気を入れておいたり、印刷スピードを調節しないと白紙印刷になってしまうことがあるが、普通のコピーに比べると格段に速いし、お金も10分の1... ...続きを見る

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2007/04/13 20:32
その笑顔は
 朝ドラの「どんど晴れ」の主題歌の「ダイジョウブ」が好きだ。作詞・作曲は小田和正。 ...続きを見る

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2007/04/12 08:50
新しい季節がやってくるのだ
 今日は一日、犬山の明治村に行ってきた。帰ってきてからめずらしく落ち込んで目から涙が出た。このところ私は少し傲慢になっていたかもしれない。私はまだ何も生み出してはいないのだ。明日からまた新しい季節がめぐってくる。もしかしたらまた思いもかけない試練があるかもしれない。どこへたどり着くかはわからないが、私は目の前のことから逃げず、前へ進んでいくしかないのだ。 ...続きを見る

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2007/04/02 00:57
私たちは人によって生かされているのです。
 朝、ゴミ出しに行って、出勤する自閉症の息子さんを送ってきた帰りの知り合いのお母さんとばったり会い、最近あった自閉症への理解を深めるための講演会や、今度ある電車でのツアーのことなどで一時間くらい話し込んでしまった。新年度をひかえ、養護学校や県の人事異動でバックアップ体制がどの程度変わるかということがかなり重大な問題らしい。それから、二人で話をしていて、自閉症の改善は本人がどれだけ理解者を得られるかということにかかっていて、家庭でのしつけや学校での指導、同居するおじいちゃんおばあちゃんがいるか、兄... ...続きを見る

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2007/03/29 09:43
今日は雨
 今日は雨だ。晴れたら三熊野神社での花市と三社市や、高天神社の例大祭に行こうかと思っていたけれど、雨なのでお家にいる。 http://lgportal.city.kakegawa.shizuoka.jp/kanko/k_jyoho/takatenjintaisai_2.jsp 午前中は今日の会計監査の件で総代さんに呼び出されたし、家にいて正解だったのだろう。 雨でもこのところ暖かくなったので、冬に終わりを告げてこれからいよいよ春だぞという期待感のようなものがある。私は生まれてこのかた、新し... ...続きを見る

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2007/03/25 14:07
「伝える」
 私は以前秘書の仕事をしていたのだが、その仕事で一番大事なことは「伝える」ということだったと思う。ある人からの伝言を、確実に正確にタイミング良く相手に伝える、そういうことだ。役員にアポイントを取ったり、役員の外出中や会議中や接客中に本人に代わって用件を聞く。直接電話をつながなくてはならないこともあるので、常に役員がどこにいて、会議中なのか接客中なのか頭に入れておき、緊急の場合には臆せず電話や伝言を取り次ぐ。それはやはり自分勝手な人には出来ないと思う。場を、空気を読む力、勘の良さみたいなものが必要... ...続きを見る

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2007/03/16 21:39
たくさんのチカラ
 今日は朝からテレビを見ながら、たくさんの人からチカラを貰った。最初は「王様のブランチ」にゲスト出演していた映画「バッテリー」の主人公の2人の少年。私もかつてはあのような澄んだ瞳と透きとおるような肌を持っていた気がする。 http://www.kadokawa.co.jp/battery/index.php?cnts=movie 彼らの真っすぐな瞳と真っすぐな言葉に、私は涙してしまい、世の中の大人に比べていくら自分が純粋な気持ちを持っていると思っていても、やっぱり自分が汚れてしまっている... ...続きを見る

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2007/03/10 18:33
どんな小さなことでも与えられたことから逃げず最善をつくせ
 今日は12日にある地元の中学での原爆の朗読劇の最後の練習日だった。あとは当日2回リハーサルが出来るだけだ。時間は約1時間半、私は台詞はなく舞台にも上がらず、パソコンを操作してスライドを上映し1箇所カセットで台詞を流すだけだが、全員と呼吸を合わせて操作するのはやはり慣れないとなかなか大変だった。全員で11名のメンバー、そして当日中学生3名も参加して行うのだが、風邪で体調を崩している方も多く、他に用事があったりして全員が揃わないこともあって、初参加の私は「本当に本番大丈夫だろうか?」と時々不安... ...続きを見る

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2007/03/08 14:21
いのちといのちはつながっている。
 今日の「新日曜美術館」で、志村ふくみさんが番組の最後で言われていた言葉。「いのちといのちはつながっている。」。私も、いつもそのことを意識して生きているつもりなのです。以前、「自分が社会の歯車であることを意識しよう。」と私が言ったのも同じ意味のつもりなのです。 http://magnoria.at.webry.info/200702/article_24.html だから私たちは人に寄りかかったり、自分だけ楽をしようとしたりせずに、精一杯自分が可能な範囲で頑張って生きなければならないと思うの... ...続きを見る

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2007/02/25 21:22
「覚悟」
 この冬体調を崩してから、食事や衣服、天気・気温といったものにとても気をつけるようになった。普通の人だったら当然普通に気を遣っているようなことに神経を使う余裕もなく、今まで人のため世の中のために何かしなければと頑張ってきたのだから、やっぱりそれは異常だったと思う。でも私のような弱い立場の人間は、そうしなければ生きていけないのだ。世の中をもっと弱者に優しいゆとりのある世の中にしていかなければ、真っ先に犠牲になるのは我が身だということが分かっているから、常に危機感を持って生きているのだ。いくら相... ...続きを見る

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2007/02/24 15:08
自分の足で歩いていこう
 昨晩、「わが命の輝ける時」(村上靖子(舟崎靖子) 講談社)を読んでいて見つけた言葉。サマセット・モームは「作家の手帖」の中でこう言っているそうです。「人生とは切符を買って軌道の上を走る車に乗る人にはわからないものである。」。私は、どんなにつらく厳しい道でも、やっぱり自分の足で一歩一歩前に進んでいこう。これぞスローライフの奥義ではありませんか。 ...続きを見る

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2007/02/23 22:07
心の平和を取り戻しました。
 今日は久しぶりに両親と仲良く談笑しながら食事を取りました。やはり家族なくしては心の平和は保てないと思いました。昨日は、もし両親が死んで姉も死んだら私は誰も頼る人がなく天涯孤独になってしまうと恐ろしくなったのですが、とりあえず小さな目標をいくつか立てたら気持ちが落ち着いて、今日は平和な気持ちで過ごすことが出来ました。今まで自分がこのブログに書いてきたことを読み返してみると、やはり自分の考えは終始一貫していると気付かされました。時に気弱になって弱音を吐いても、それに対してコメントを寄せてくださる方... ...続きを見る

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2007/02/18 21:26
キツネやバラが私に教えてくれたこと
 年末からずっと私には逆風が吹いていたように思う。でもそれは私が更なる成長を遂げるための試練でありステップだったように思う。ここ数日両親とは口論になることが多く、特に母とは冷戦状態という感じだった。普通の親子だったら当然話すであろう私の将来に関することや、両親の兄弟のことや親戚のこと、学暦や仕事に関する話などについて、私が話しても両親が耳をかさなかったり、両親同士でタブーとされている話題があり、言いたいことが自由に言えず心が通じないと感じることが多かったのが、やはり苦しく耐えがたかったのだと思う... ...続きを見る

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2007/02/18 00:23
芸術家の役割
 今日の「新日曜美術館」で、芸術家の役割は普通の人には見えない楽園を目に見える形にすることだということを言っていたが、私もそういう存在でありたいと思った。人はともすれば忙しい日常に埋没し心の余裕を無くしてしまうが、いつも心の余裕を保ち続けられるように努力をすれば、人は幼子のように何気ない瞬間に幸せを感じ、人生を深く愛することが出来るのだと思う。 ...続きを見る

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2007/02/11 20:36
自分が社会の歯車であることを自覚しよう。
 私がなぜ自分を変えることが出来たかというと、否応なく自分が積極的にならなければ生きていけないような環境に置かれたからだと思う。それまで私は学校生活やプライベートでは自分に自信がなかったので、なるたけ目立たないようにしていた、というか目立ちたくても目立てなかったのだ。普通の人は自分の利益を主張してそれを押し通して生きていると思うのだが、私はもともと自分の利益を主張することは全くなかった。なぜ自分を主張しなければならないかも分かっていなかったのだと思うし、そういう気の強さもなかったと思う。でも... ...続きを見る

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2007/02/11 10:42
常に攻めの気持ちでいよう。
 今日は公会堂で精進落としをするというので、朝7時30分に行ってまた1時間くらい掃除をしてしまった。公会堂の掃除は老人会の役目なのだが、みんなあんまり丁寧にやってくれないのですね〜(嘆)。私も時間外にボランティアまでして掃除はしたくないので、公会堂が通勤の途中にあってもなかなか中に入ってチェックもしないのだ。何ヶ月かに1回くらいは中に入るけれど、やっぱり綺麗にしておくのはたいへんだ。昨日やれば良かったのだが、他に気がかりなことがあったりして「やらなくては!」と思ったのは昨日の深夜だった。今朝... ...続きを見る

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2007/02/09 17:59
なぜ一生懸命相手に尽くすことが大事なのか
 私達がなぜ一生懸命相手に尽くすことが大事なのかといえば、それによって見返りを期待してはならないのであり、一生懸命相手に尽くすことでお互いがその時を幸せな気持ちで過ごすことが出来るからなのであって、それによって私達は自然と自分自身を成長させることが出来るからなのだと思う。そしてそういう幸せな時間を出来るだけ多く持ち、自分に自信を持つことが出来るようになることで、私達はまた自分を必要としてくれる人に出逢うことが出来るのだと思う。たまたま今まで自分がやってきたことが誰にも感謝されず評価もされず失... ...続きを見る

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2007/02/07 17:01
私の生きる道
ここ数日暖かで体調も上向きだったのだが、今日買い物から帰ってきたら少し寒気がして咳も出たのでまた風邪がぶり返すと困るので、夕食をとってすぐ床に着いて眠っていた。実は今日は少し睡眠不足で(やはり最近不安で眠れなくて深夜本を読んでいたりすることがあるので)、午後は出掛けないで少し睡眠をとりたいと思っていたのだが、両親が買い物に行くというのでそれほど行きたくはなかったのだが、母のストレス発散もしないといけないと思って同行することにしたのだ。体調を崩してから1ヶ月半ときたま買い物に行くくらいでどこ... ...続きを見る

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2007/02/06 23:26
国民に語りかけ続けた作家 大佛次郎
 昨日から大佛次郎(1897〜1973)についての評伝などを読みながら、ずっと彼のことを考えていた。彼の凄さは、誰にでもわかる平易な言葉で常に国民に対して語りかけ続けたということだと思う。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%BD%9B%E6%AC%A1%E9%83%8E 彼は大衆小説家であり、新聞小説は大正15年の「照る日くもる日」から昭和42年の「天皇の世紀」まで全部で61作品、新聞小説を書いていない年は昭和13年の1年のみで、その他... ...続きを見る

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2007/02/03 11:43
小さい勇気
 昨日紹介した、ボランティアでゴミを拾い続けている青年の事にも関連すると思うので、 http://magnoria.at.webry.info/200702/article_1.html ちょうど良い機会なので、大佛次郎の「電車の中で」という文章の一部を跋粋して紹介したいと思う。 ...続きを見る

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2007/02/02 16:21
微笑みと思いやりを忘れずに
 今日のコミュニティーセンターは、切り絵クラブの方や味噌作りのグループや手芸が趣味の方などがいらしてみんなで手作りの話題で盛り上がった。やはり何か趣味を持つということは友達作りにもなるし生きがいになるのだなあと改めて思った。肩こりの話になった時に、好きなことをしている時は肩が凝らないというので、やはり人間は好きなことじゃないと続かないのだなあと納得する。私は聞き役になってひたすら良いところを見つけて褒めるのだが、それができる人は案外いないのだ。人生は悩みや不安が多いので、人と話す時くらいは明るい... ...続きを見る

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2007/01/29 17:31
言うべきことは言う方が良いのです。
 私は、両親を始め周囲の人に対して、こうして欲しいと思うことなど自分が正しくかつその要求が全体の利益になると思ったことは、正直に話すようにしている。それは勇気のいることではあるが、そうして状況を変えていかなければ、私は心配でストレスで生きていけなくなってしまうからそうしているのだ。それに自分の気持ちを正直に話せないということは、それだけで相手に対して敵意を感じることになると思う。だから口に出せることは直接相手に言うし、口に出せないような複雑な想いはこのブログに書くようにしている。そうすると不思議... ...続きを見る

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2007/01/27 14:10
お説教はやめて
 私は自分より弱い者に対してお説教をするような人間にはなりたくない。なぜなら人間はそれぞれ生まれた時代も違えば、育った環境も違うし、今置かれている状況も違うからだ。たしかに罪は罪だ。戦争やいじめや事件や事故などで死者や自殺者が出れば、その人の命は決して返ってはこないのだし、命は助かっても受けた肉体や心の傷が一生その人を苦しめることもあると思う。だから戦争もいじめも事件も事故もあってはならない。しかし、そういうことが後をたたないのが現実であり、戦争もいじめも事故もないということは理想なのだ。だから... ...続きを見る

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2007/01/27 12:19
社会は皆が協力し合って築いていくもの
私が他人の良い点を見つけて褒めるのは、社会は競争ではなく皆が協力し合って築いていくものだという認識があるからだと思う。私は人間は元から平等であるはずもなく、全ての人が同じ能力を持てるはずもなく、だから税金など一律に社会に対する金銭的負担を課せられることははっきり言って無理だしおかしいと思う。だからそれぞれが自分に合った仕事を見つけ、持てる限りの力をできるだけ発揮し協力し合い、良い社会の実現に貢献できるようにして、国全体としての力を出せるようにすることが大事なのであり、勝ち組・負け組のように自... ...続きを見る

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2007/01/21 22:03
人生は小さな事の積み重ね
 当然のことなのだが、家事は毎日やらなければ発見はなく、そこから学ぶことはできないと思う。私が本を読み毎日ブログを書くことを自分に課しているのは、そうしなければ生きていけないからであり、毎日食事をするのと同じような感覚なのだ。それは毎日食事をし運動をしなければ生命が維持できず体力が付かないのと同じなのだ。私はこれまで自発的に本を読み、ブログを書き、新聞を読んだりできるだけ人と会って話をしたり話を聞いたりしていたし、それと同時に仕事で地域の人達と話をしたり事務をしたり掃除をしたり花の手入れをしたり... ...続きを見る

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2007/01/19 17:11
一人前ではないが、世の中のためにはなっていると思う。
昨日私が頭に来たことは、お互いのコミュニケーションの不足によるもので、私も反省したが、やっぱり私という人間を良く知らない相手から「あなたはこうだ」と私の人間性を疑いしかも決めつけるような発言をされるとムカッとくる。私だって年収36万で未婚で信用して貰えるとは思っていないが、今私がこういう状況に置かれているのには理由があるし、世の中に認められる仕事がまだ出来ていなくても、「生き方」に関しては間違っていないし、常に周囲の人のために何が出来るか、自分がどういう役割を果たすべきか、ということを考え判... ...続きを見る

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2006/12/16 03:09
「未知なるものへの生成―ベルクソン生命哲学 」
 ちょうど良い機会なので紹介させていただきますが、私の大学時代のクラスメートである守永直幹さんが、10年来のベルクソン研究の成果を「未知なるものへの生成―ベルクソン生命哲学 」(春秋社)という一冊の本にまとめられ、今年の春に出版されました。 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4393321014.html  守永さんは1962年生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科人文専修卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科仏文学専攻博士課程単位取得満期退学。同大学院博士... ...続きを見る

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2006/12/13 19:52
みんな沖の小島の住人だ!
 さっきまでいねむりしていて目が覚めてふと思った。都会の人間だろうと田舎の人間だろうと、金持ちであろうと貧乏人であろうと、みんな日本という同じ沖の小島の住人なんだ。少なくともそれはみんなの共通点だ。だからみんな仲間なんだ。原点に戻って出直そう! http://borchard.jugem.jp/?cid=19 ちいさな島でいることは素晴らしい。マーガレット・ワイズ・ブラウンもそう言っていましたよね(^^)。 ...続きを見る

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2006/12/08 00:46
仕事量と人間性は比例しない
 先日、いとうひろしさんが「読書量と人間性は比例しない」とおっしゃっていたが、「仕事量と人間性は比例しない」ということも言えると思う。具体的に言えば、漫然と向上心もなくただお金を儲けるために同じ仕事を続けていたり、他の人でもできることを自分しか出来ないと思い込んで自分一人で抱え込んでいるような場合だ。特に後者の場合はその人がその集団に与える被害は甚大だと思う。相手に言わなければならないことを勇気がないために言えず、相手がダメだからやることをしないと決めつけて何もしないということはあってはならない... ...続きを見る

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2006/12/05 10:49
風になろう!
先日、香嵐渓の紅葉を見に行った時に足助の古い町並みを歩いたが、足助という町は、三河(碧南市や一色町や吉良町など)で取れた三州塩を矢作川とその支流の巴川を舟で遡って豊田まで運び、そこから馬で信州まで運ぶ「塩の道」の中継地として栄えた町だ。足助には塩問屋があり、山坂の運搬に適するよう塩の俵を改装(「足家なおし」といった))し、一俵を七貫目(約26キロ)とし、「足助塩」の銘柄で中馬によって信州に送り込んだ。信州からはたばこや年貢米や山の産物が運ばれてきた。天保年間(1830−1844)には塩問屋は... ...続きを見る

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2006/12/01 20:52
「島」と「船」
 最近私は「島」と「船」という言葉に共感を覚えるようになった。そのきっかけは、四方田犬彦の「月島物語」を読んでからだったように思う。私は以前から四犬田犬彦の書くものに惹かれるものを感じていたし、この本を手に取ったのは、「月」という文字に惹かれたからだと思う。それほど深い関心があってこの本を買ったわけではないのだが、ちょうど江戸というものに興味を感じていたのでそういう観点からこの本を読んでいるうちに、自分は本質的に「島」というものに共感があるのではないかと気が付いたのだ。考えてみれば私の生まれ育っ... ...続きを見る

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2006/11/30 01:10
「野花は野花だけに生涯の美があります」
 さっき何気なく「その時歴史が動いた」の「格差への怒り 政府を倒す 〜大正デモクラシーを生んだ米騒動〜」の再放送の最後の部分を見ていたが、「高岡新報」の記者・井上江花の言葉が心に留まったので記しておきたい。 http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2006_10.html#03 ...続きを見る

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2006/11/28 17:41
日本は馴れ合い社会だ
 私は日本は馴れ合い社会だと思う。それは今まで現状維持でいいとされる時代が長かったし、社会が悪い方向に向かっても自分が努力しないでも誰かが何とかしてくれると思っている人間が多かったということによるのだと思う。だからやる気のある人間より、それほどやる気のないコネのある人間の方が馴れ合っていられるので強かったのだ。やる気のない人間でも共通の仲間がいて共通の話題があれば、共通の話題のあまりないやる気のある人間より強いのだ。だから親族・学閥・地縁が重んじられ、政治家の2世3世、奥様族というものが幅を利か... ...続きを見る

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2006/11/28 10:28
掃除が好きになれば人生明るくなる
昨日は、健康つくり食生活推進協議会の方達が調理室を使うというので、レンジ周りを掃除した。天然油脂の洗剤で強く擦るとしつこい汚れもだいたい綺麗にとれる。調理台は全部で3つあって完璧に綺麗にはならなかったが、そこそこ綺麗になったと思う。汚れていた急須は金属製の茶漉しの部分に漂白剤を使っていいのか迷ったが、長い時間でなければ大丈夫なようだった。私は使用料をいただくのだし、快適に過ごして欲しいので掃除はきちんとやりたいと思っているし、「お金を貰って管理している人間がいるのに」と思われるのが怖いし、自... ...続きを見る

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2006/11/25 09:29
「祈り」とは無心に何かに打ち込むこと
 私は、「祈りとは無心に何かに打ち込むこと」ではないかと思った。その「何か」は何でもいいのであって、スポーツでも、芸術でも、学問でも、世俗的な仕事でも、遊びでも何でもいいのだと思う。だから、子ども達には人間関係に悩むようになる前に無心で友達と遊んで欲しいし、若者達にはスポーツや勉強など何でもいいから一生懸命打ち込んで欲しい。主婦は家事をきちんとすることが大事だし、子育てから逃げないで欲しいと思う。子どもは友達と無心に遊んでいる時に、なぜ遊ばなくてはならないのだろうとは思わないはずだ。愉しいから遊... ...続きを見る

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2006/11/23 16:28
がんばりやのかめのおはなし
 最近、勇気づけられる一冊の絵本と出会いました。ミヒャエル・エンデの「トランキラ・トランペルトロイ がんばりやのかめ」。 http://blogs.dion.ne.jp/hon_mono/archives/2350262.html ...続きを見る

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2006/11/16 21:34
文学は救いになるか?
 「なぜ文学を読むのか?」「文学が救いになるのか?」、これは文学に携わる人間にとって大きな問題だと思うが、私は文学に救いを求めたことはない。社会人になってから本をたくさん読んできたが、それは真理を求めるというのではなく、知識を求めることと、自分の好きなものを見つけることによって自分というものを知りたかったからだ。私は人と上手く付き合えなかったが、それは知識や経験が不足していたことや世の中の方が間違っていたことによるのであって、私の生き方が間違っていたわけではないと思う。今思うとむしろ王道を歩いて... ...続きを見る

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2006/11/09 10:54
「努力して狭き門より入れ」
今日は良い天気だったが、肌寒い強い風邪が吹いていたので家の中で静かに読書をしていた。最近じっくり本を読みたくなり、昨晩も「ゲド戦記」や「雪沼の周辺」を読んでいた。午前中も「ゲド戦記」を読んでいたが、11時頃に時々家に見えるキリスト教の団体の方が見えて、話をするうちに「努力して狭き門より入れ」というイエスの言葉が話題になった。私は自分の団体だけが正しいとするこの団体に関心があるわけではないのだが、キリストの教えは正しいと思っているので話を聞くことだけはしているのだ。「努力して狭き門より入れ」と...