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| タイトル | 日 時 |
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「キッチン」
ふと吉本ばななの「キッチン」を読んでみようと思った。私がまだ20代、東京でひとり暮らししながら会社で秘書の仕事をしていた時に、同僚の女の子が好きで読んでいた作品。彼女も一人暮らし、水戸のお米屋さんの娘さんで、さなえちゃんという子だった。冒頭の部分を読んだあと、私はこの4年間のことを考えて泣いていた。 ...続きを見る |
2008/10/04 17:33 |
見送る
今日はコミュニティーセンターに出勤。やっと落ち着いてきて、部屋の掃除などをする余裕ができました。台所の流し台はこれまで掃除がし難いなあと悩んでいたのだけれど、引き出しは抜き出せるようになっていることにようやく気づき、掃除。ずっと掃除してなかったのでゴキちゃんのウ●チやら死骸やら・・・、あ”〜! 午後はお葬式のお宅の精進落としだということで、当番の方が見えて一人で椅子や机をいくつも出して準備をするというので、見捨てておけず一緒に長机運んじゃいましたよ!普通、女性部はこういうことはやらな... ...続きを見る |
2008/09/19 18:39 |
きちんと生きる
「プロフェッショナル」を見ながら、す”っと泣いていた。 http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/080624/index.html ←がん看護専門看護師 田村恵子 やっぱり私は自分が死ぬ時に「ああ、いい人生だった」と言って死んでいきたい。身近な人が死んでいく時も、誠心誠意見守っていたい。自分の人生にさえ真剣にきちんと生きられない人間が、他人の人生に真剣に向き合えるはす”はないのだ。暗闇の中にもかならす希ほ”うは見つかる。せめて私は人の人生の... ...続きを見る |
2008/06/24 23:25 |
この一週間苦しかった。
弟さんの葬儀が終わって、久しぶりにゆっくり友人と話をした。1時間半くらい話をして、私もホッとしたし、友人も少し元気を出してくれたようだった。友人は最初食欲もわかないと言っていたけれど、電話の最後にはこれから散歩してくると言っていた。 ただでさえ窮地に追い込まれていた友人の弟さんの訃報を知らされて、私は少しパニックに陥っていたのだろうか。とにかくこの一週間苦しかった。友人といままで通り仲良く話をしていると、何で自分がこんなに悩んでいたのかわからなくなるほどだった。また厳しい日が続くことには違... ...続きを見る |
2008/03/21 17:37 |
本当に、愛する人のために死ねますか?
自分の愛する者の命の代わりに自分の命を差し出す、なんてそんなこと私には想像がつかない。それは私が本当に愛する人を持っていないからだろうか。私は絶対長生きしてやると思っている。それは子供の頃から私は自分の人生を十分生きることができていないから。いつも不完全燃焼でくすぶっている。貧乏が性に合っているっていったって、それは清貧という意味であり、本当に今日の米にも困ったら自分の運命を呪わざるを得ないと思う。今、貧乏で満足していられるのも、将来はもっと豊かになれるという希望があるからだ。だって今の収... ...続きを見る |
2008/03/21 13:48 |
優しいお母さんのもとでゆっくり休んでください。
昨晩もずっと荒れ模様の天気で、私も時々友人の弟さんの人生を思って泣いていた。もし先生になっていればこんなに辛い人生を送らなくてもよかったかもしれないし、世の非情さを身を以って感じなくても済んだかもしれない。けれどエリートの住む世界ではなく、それ以外の大多数の人達が住む世界が真実の世界なのであり、だからこそ世の人のために尽くすことができたのだと思う。自分の家庭を持つことはできなかったけれど、親子・きょうだいがすぐ傍にいたし、友人にも恵まれた人だった。けれども優しいお母さんが亡くなってから、弟... ...続きを見る |
2008/03/20 10:04 |
心の氷
昨日はあまりにもたくさん泣きすぎて、まぶたは腫れ、体力も消耗してしまった。 考えてみるに、私が泣くとき、それは相手に対してと同時に自分に対して泣いているのだと思う。かつての私はほとんどと言って泣かない人間だった。泣いたのは、自分が心を許した人がすぐそばにいてくれる時に、どうしても耐えられないほど緊張する場所に行かなければならない時だけだった。思い出す限りで、小1の時に集団登校する時に姉が病気で休みで自分一人で近所の子供たちと一緒に登校しなければならない時に、母の前で行きたくないと延々と泣いた... ...続きを見る |
2008/03/06 11:57 |
見送る
今、葬儀の後の見送りに行ってきた。お通夜に行ったので行かなくてもいいのかと勘違いしていたけれど、母に、むしろ見送りの方に行かないといけないんじゃないかと言われて、そういえばそうだなあと、昨晩慌てて着るものを準備していた。15年以上前に買った喪服はデザインが若すぎて着られないし、新しい喪服を買わないといけないと思いながら、まず体重を落とさないと買えないと思ったりしてのびのびになってしまっていた。下は黒のパンツを着て、上着は普通サイズでいいので母のものを借りた。靴下は白にしたけど、本当は黒の方が良... ...続きを見る |
2007/12/27 10:52 |
お通夜
今、区長のお父様のお通夜に行ってきた。私は未婚者だし、仕事の関係での法事もないし、冠婚葬祭にはとんと縁がない。曾祖父が亡くなったのは1歳の時なので覚えていないし、父方の祖父を幼稚園の時、母方の祖父を中学の時に亡くした他は、同級生のお母さんが亡くなった時にお通夜に行ったくらい。会社員の時は、監査役が亡くなられた時に秘書として監査役のお宅にお手伝いに行ったのと、社長の社葬に行っただけ。社長は2年間お世話させていただいて私の人生に大きな影響を与えてくださった方だったので、亡くなられた時はお通夜に行っ... ...続きを見る |
2007/12/26 18:02 |
前へ前へ
今日は本当に暖かくていい天気で、昼前にイオンに行って買い物をした後、今近所のお宅にクリスマス・プレゼントを置いてきた。お互い忙しかったこともあって、その方は今年は時々立ち話する他はあまりお会いしなかったのだけれど、弟さんを始めとして親族をたくさん亡くされたということを知ってびっくりしてしまった。弟さんはまだ46で急性心筋梗塞だったそうだが、本当に人の寿命というものはわからないものだと改めて思った。今の日本の状況から言って、私だって本当にいつどうなるかわからない。誰かが亡くなると雪崩現象の... ...続きを見る |
2007/12/23 15:27 |
ガイコツ
メキシコっていうと、死者、ガイコツのイメージがある。だから聴きたくなったのがこの歌。 ...続きを見る |
2007/08/23 18:14 |
もう傷つきたくないから
今日コミュニティーセンターに実のお母さんを看取ったばかりという方が見えた。Kさんが「この節は」と声をかけると「何も思うようなことはしてあげられなかったけれど」と声をつまらせておられた。10ヶ月間、介護施設には行きたくないということでずっと自宅で寝たきりの生活だったそうで、他に家族がいてもきっとそれは孤独なつらい体験だったのだろうということが看てとれた。 私は2歳になる少し前に曾祖父を亡くしている。物心つく前だったので肉親の死をどのように自分が受け止めたのかということは自分ではわからない。け... ...続きを見る |
2007/07/16 18:12 |
天上のアイスクリーム
あれから、宮沢賢治の「永訣の朝」という詩が読みたくなり、読んでいるうちに涙がポロポロ出た。 ...続きを見る |
2007/04/07 07:48 |
自分の生きた証
私の祖母は4人姉妹だった。祖母は33歳で亡くなり、2番目の妹は結婚して4人の子供がいたが夫が戦死し40過ぎで亡くなった。3番目の妹は小学校の先生になったがすぐに20歳くらいで亡くなった。一番下の妹も結婚したが子供がないままに40前に亡くなった。この人達がどんな人であったか、ほとんど分からないという事実に愕然として、何だか寂しくなって涙が出た。それは戸籍と残された数枚の写真から想像するしかない。若くして子供も残さずに死んだり、子供があっても幼いうちに亡くなってしまったら、その人の生きた証という... ...続きを見る |
2007/04/07 01:29 |
二人の夭折した歌手 カレンと本田美奈子
今朝、ふと子供の時によく聴いていたカーペンターズのことを思い出していた。まだ小学3年か4年の頃だったと思うのだが、掛川に家族で買い物に行く度に、ジャスコの上の階にあったレコード売り場で、姉と一緒にカーペンターズのシングルレコードを選んで、かわりばんこでお小遣いを出し合って買っていたのだ。この前姉と話した時には、姉はカーペンターズのどの歌だったか忘れたがその歌が入っているレコードが欲しかったのだそうで、そのレコードにめぐり合うまでシングルを買い続けていたのだそうだ。赤い小さなレコードプレイヤーを... ...続きを見る |
2006/09/03 12:12 |
「幻のエーゲ海」
昨晩、「シエナ幻想」(饗庭孝男 皆美社)を読んでいて、ある一人の夭折した女性のことが私の心に深く刻まれた。「幻のエーゲ海」という文章にその女性のことが記されていた。 ...続きを見る |
2006/09/01 23:48 |
人間はすべて発達障害である
「ミツバチのささやき」のイサベルは姉、アナは私と言ったが、よく考えてみると、その逆のような気もするし、人間には相反する両面がある、ということだろう。曾祖父が亡くなってからの私達姉妹の写真を見ると、真っすぐな瞳をしているのはむしろ姉の方で、私は斜に構えたちょっとニヒル?とでもいうような表情をしている。知らない人と撮った写真はそっぽを向いているか、顔を片手で隠して母にもたれかかっていたりする。これは自閉症の特徴とされる目が合わないという症状と合致する。 曾祖父が亡くなった直後の1歳11ヶ月(気... ...続きを見る |
2006/06/22 09:35 |
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