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<<   作成日時 : 2011/02/13 14:58   >>

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 「同時代」の「黒の会通信 特集*伊藤海彦 追悼」(No.17 1996.3)を読み返したら、大佛次郎研究会会長の村上光彦先生の追悼文の中に、静岡大学人文学部初代学部長の河内清氏と人文学部教授の後藤平氏との交流について書かれた箇所を見つけたので紹介しておきます。
http://magnoria.at.webry.info/201012/article_317.html ← 河内清遺稿集「西吹く風」
http://magnoria.at.webry.info/201012/article_318.html ← 河井彌八と河井家寄贈新聞コレクションのこと

 やぐらの岩壁の向こうで  村上光彦

 旧制静岡高卒業後半年経った1950年秋、ぼくは静岡大学に引き継がれた仰秀寮に後藤平先生を訪れた。仰秀寮西寄りの悟寮と称する棟だけが戦災で焼失し、ぼくの在学中に再建されたのち、用途を変更して教員研究室に利用されていたのだ。卒業前、この悟寮研究室でフランス語の河合清先生や倫理の後藤先生の話を聞くのが楽しみだった。ぼくはたちまち前年通り寮生の気分に戻っていた。
 後藤先生は詩人肌の哲学青年で、会うたびにリルケやジャン・パウルが話題になり、二ーチェ、ケルケゴールなど馴染み深い名がぽんぽんと飛び出すのだった。そして久しぶりに再会したその初秋の日、先生は一冊の雑誌を差し出して一編の詩をぼくに読ませた。

 墓地への石段はひどく古び そしてすりへっている
 そこへわたしは 今日も生きることを教わりにゆく

 読み進むにつれて、その詩は澄んで、爽やかな印象を心に刻み込んだ。なによりも静かだった。先生は「黄金の心をもった詩人です」と言った。先生はよく《黄金の》と言ったが、それは《本物の》《純粋な》といったような意味だった。リルケやノヴァーリスを評するのと同じ用語を、先生は伊藤海彦さんの詩に使ったのだ。それは「花冠」(片山敏彦先生が中心になって出ていた詩誌)第一集に載った「墓地への石段は・・・」だった。
 その秋、先生はたまさかの上京を利用して、清水町の片山敏彦先生のもとへぼくを連れていってくださった。その後、片山先生の家に出入りするうちに、ぼくは静高の先輩の吉村博次さんと同席する機会に恵まれた。海彦さんと初めて会ったのは、片山先生のお宅でだったか、それとも北鎌倉の吉村さんのお宅でだったか、いまはもう定かではない。とにかく北鎌倉は御殿山の山小屋を思わせる家に、海彦さんの御母堂、海彦さん自身、そして吉村さんが住んでいたのだ。
 知り合ってすぐの海彦さんから《不可視の海》(la mer invisible)を主題とする詩を書きたい、というはがきを書いたことがある。多様な言い回しから唯一の表現を選び出す劇作家の厳しさを教わりもした。こうして始まった四十年に余る付き合いだったが、去年の八月のある日、小川通りの喫茶店「門」で偶然顔を合せたのを最後に、海彦さんは慌ただしく向こうの世界へ去っていった。
 何年か以前に海彦さんに誘われて、鎌倉石の石段を上って泉ヶ谷のやぐら群を訪れたときのことだ。「ぼくたちはこういう場所に慣れっこになっているけれど、世間の普通の感覚から見るとずいぶん違っているんだね。」海彦さんにそう言われて思い当たることがあった。和田旦さんと彼の小学生だった息子さんとを亀ヶ谷切り通しの墓地へ案内したところ、息子さんはひどく怯えてしまったのだ。記憶に新しいその話をすると海彦さんは石段を下りながら深くうなずいた。
 海彦さんは夢のなかでやぐらの奥の岩壁の向こうに迷い込んだことがあるはずだ。いつかは同じ暗がりで、この懐かしい先達に会えるのだろうか。


伊藤海彦 (1925−1995) 放送作家、詩人

大正14年1月1日生まれ。伊藤松雄の子。NHK専属作家からフリーとなり、放送詩劇の分野で活動し、ラジオドラマのひとつのタイプをつくった。昭和33年「言葉と音楽のための三つの形象」でイタリア賞、40年「飛翔」で芸術祭賞。「同時代」「地球」同人。詩集に「黒い微笑」など。平成7年10月20日死去。70歳。東京出身。日大卒。

私の知人である装丁家・豆本作家の田中淑恵さんは伊藤海彦さんのエッセイを愛読されていて、交流もあったそうです。本当に縁って不思議なものですね。また村上光彦先生と古くからの御友人で「同時代」同人でもあった静岡大学教養学部教授の山口三夫氏はロマン・ロランの研究者であるとともにアフリカ問題に関わり続けた人方で、南アフリカのアパルトヘイト廃絶のために尽力された方です。私の知人の仲人もされたそうです。
http://magnoria.at.webry.info/201006/article_61.html ←  南アフリカのワインを飲む会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E4%B8%89%E5%A4%AB ←山口三夫氏について

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