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サン=ジェルマンからセーヌ河の方向へ歩くと、フュスタンベール街がジャコブ街と交差するあたりに小さな広場がある。街路樹の木陰に、恋人たちが腰をおろすと似合いそうなベンチが置かれ、夕べには、古風な街灯にオレンジ色の明かりのともる、舞台背景のような広場である。 その広場を囲むように、骨董店が何軒か並んでいる。このあたりの骨董店には、右岸や、同じ左岸でも七区の店とは違い、高価な美術品より、むしろ職人さんの心意気が伝わってくるような、生活雑貨に近い品物が多い。 貼り絵細工の小箱、ボヘミアングラス、銀細工、古びたオルゴールやゼンマイ仕掛けの玩具に混じって、きわだって目につくのが前世紀のお人形である。いたずら猫どもも夢見心地になって無造作に置かれた小さな品々を、いとおしむように眺めている。 日本ではアンティックドールとして知られるこの小さなマドモアゼルたちは、『小公女』のヒロインが大切にしていたお人形や、セギュール候爵夫人の小説に登場するお人形のように、指先ほどの絹の手袋や靴下、レエスのぺティコートなどをしまっておく衣装だんすや、ハンカチほどの羽根布団がかかったべッドを持っている。フランスのひなのお道具。尻尾をフカフカにふくらませた子猫たちは、ショーウィンドーのガラスにぴったりと顔を寄せ、いつまでも見入って飽きない。 そうだ。今夜は若いメス猫さんたちを招いて、子猫の巣で、ひなの祭りを祝おう。桃の花を飾るかわりに、桃の木を嫁ぐ娘にたとえた古い中国の歌謡を訳し、フランスのこんな現代詩を読もう。 花のさかりの桃の下 少女がひとり座ってた かなしいの 恋人がいなくって 娘さん、泣かないで 恋は切なく辛いもの 苦しんだ方がましよ 人を恋して 苦しんだ方がまだましよ ひとりぼっちでいるよりも 小型のケーキや、アーモンドの練り粉で果物や動物たちをかたどったお菓子に添えて、母猫がひな祭りにと送ってくれた京菓子も並べたら、子猫たちの一人が、お菓子と思ってか、貝殻を模した干菓子を紅茶に入れた。 ぼんぼりならぬ小さなランプの明かりがやさしく揺れて、旧暦のひなの節句にはまだ少し早い春の宵である。 (「少女たちの王国へ」(『マドモアゼル・シャトンのふらんす日記』(芥川眸 NHK出版 1993)) ひな祭りは女の子の夢が一杯つまったお祭り。小さな女の子にとっても、大人の女の人の中に潜む小さな女の子にとっても、ひな祭りは大切なもの。ひな祭りについて書かれた文章はどれもこれも心惹かれるものばかりで、どれを紹介しようかと迷ってしまうのですが、この『マドモアゼル・シャトンのふらんす日記』という本は、私が20代のまだうら若き乙女だった頃に大切にしていた本。NHKテレビのフランス語会話テキストに連載された文章をまとめたもので、芥川眸さんという方については詳しいことは知りませんが、モンテルランがご専門で、現在兵庫県尼崎市にある聖トマス大学の国際文化・言語学科の学科長を務められているようです。 http://www.st.thomas.ac.jp/link/eichi/university/subject/International_culture/teacher.html ←学科長 芥川眸教授 http://homepage2.nifty.com/orchome/ORC/2006diary2.html ←玉置和男のHP ライブ日記 http://homepage2.nifty.com/orchome/ORC/index.html ←風いのち生かされて(玉置和男のHP) |
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