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help RSS 自分との闘いのレベルから人との闘いのレベルへ

<<   作成日時 : 2008/01/22 23:33   >>

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 今日の「プロフェッショナル」のイチロー・トークスペシャルで、イチローが「今年自分との闘いのレベルから人との闘いのレベルへ到達した」と言っているのを聞いてハッとした。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/080122/index.html ←「プロフェッショナル」HP
そして、私もずっと人との闘いというよりも自分との闘いをしてきた人間だったなあと思った。それは周囲に私ときちんと向き合ってくれる人がほとんどいなかったからでもあり、それはいつも暖簾に腕押しというか、やり場のない怒りや悲しみを抱えながら生きなければならなかったということだ。だから私はイチローが言っていたように、人の評価ではなく自分の評価を優先してきたし、自分に厳しく生きてきた。そうでなければ自分の可能性を潰してしまうし、自分で自分を教育しなければ生きてこれなかったのである。だから自分ときちんと向き合ってくれる人が現れた時は、それは時には生きるか死ぬかの闘いでもあるので、そういう意味で大変だけれど、それによって真理を掴み飛躍できるチャンスでもあるのだ。そして、そういう時は本当に生きているという実感があると思う。そしてイチローには仰木監督との出逢いがあったのだと改めて思った。
 私がずっと自分との闘いを続けてきたのは、自分に自信がなかったという意味でもある。自分の生き方や方向は間違ってはいないと思うけれど、他人と闘うには自分はまだ弱すぎると感じていたからだろう。でも、時にはそれでも闘わなければならない時がある。それは飛ぶということでもあると思う。自分が強くなければ、他人と闘うことはできない。それは他人が負けても仕方ないと思えるようになったということだ。自分が強くなり自分に信頼感が持てなければ、他人と闘ってその人が負けた時にその人の運命を受け止めることはできないと思う。そう思うのは、私が今まで弱く優し過ぎたのかもしれないが、敗者を受け止める世の中でなかったからかもしれない。だから私は本気で闘えなかったのかもしれない。
 イチローが「満足した後に必ず次の欲求が出てきて、それによって前に進める」と言っていたのにも同感だった。ただ、それによって自分がどこに行くのかはわからない。イチローは「50歳で4割を打って引退するのが夢」と言っていたけれど、常識的な感覚では笑ってしまうようなことを本気で考えられるということが、実は一流ということなのかもしれない。私だって、二流の企業に就職してから初めて世の現実を知り、それでも自分は仕事で一流を目指そうと思い諦めなくて正しかったと思っているから。
きっとイチローはその時々に満足や小さな幸せを感じているのだと思うけれど、それが本当の幸せに繋がるといいなと思う。もしかしたら、彼は今からそれを掴もうしているのかもしれない。
そしてそれは他者との出逢い、真の自分との出逢いであり、ユニホームを脱いでもかっこいい自分になれるということかもしれない。

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