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<<   作成日時 : 2007/10/25 10:54   >>

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セロファン紙芝居 1   村上博子

『星の王子さま』の台本をお願いできますか?
セロファン紙芝居の木俣氏が言われたとき、私は「はい」と言った
 まま息を詰めていたらしい
書くと言ってくれた作家がいましたがことわりました
書きそうなお嬢さんがいるからと言って
木俣氏はそう言っていつものように髭の口もとでハッハッと笑った
『星の王子さま』はそのころ翻訳されたばかりで話題のまとだった
私はだまって 小さい王子様の星の近くの
一分ごとに街燈をつけたり消したりしている
点灯夫に焦がれていた

どういうわけか木俣氏を訪れたのは
いつも夏だった
杉並区天沼の深い緑の奥で蝉が鳴いていて
丹念に仕事する木俣氏の額に汗が二筋流れていた
奥さまはそばでセロファンがとばないように
団扇でごく静かな風を送りながら
(奥様の手の団扇はいつも渋団扇なのだった)
佳いものができるでしょうねえ と氏の手許を
見つめながら言っていられるのだった

二か月ほどたって私が抱えて行った台本は
紙芝居にはどうしようもないほど長いものだった
私はどの場面も捨てられなくて困った
大丈夫です 変化に富んだ場面を選んで作ります と木俣氏は言わ
 れた

訃報を聞いた日時を覚えていない
仕事の計画を山と抱いたまま
セロファンの中に埋れて氏は逝かれたのだった

あの紙芝居ができていたらよかったのに
とも思わない
もしできていたら子供っぽい私は幼い娘と
毎日めくり暮していまごろは破けているだろう
できなかったから空の木俣氏を眺めて長い年月
<生活>というごたごたした
透明になりようもないものを透明にしてきたのだ
セロファンはいくら重ねても透明だから

晩年になって娘のためにアメリカの一つの街に縁ができて
その娘のために一つの若者を知った
たくましくまたどこか王子さまの
金の冠が似合う若者に
彼はわがままな丸顔の一本のバラのために
風よけのガラスの覆いを立ててくれるだろうか
それともバラが王子様の覆いとなるのだろうか

私は笑って空を見上げる
今日も仕事に余念のない木俣氏は
ふと気付いてこちらを見る
また違った色が出てきたようですな これは困りましたな
重ねなおしますかな
氏は二十四色のセロファンを重ね替えては
空にかざして見ている
そばでは奥さまがあいかわらず渋団扇で静かな風を送りながら
佳い紙芝居ができそうですねえ と言っていられる。

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