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今までの私の半生をふりかえってみると、知らず知らずのうちに女性の生き方というものを必死に探し求めていたのだなと思う。私は幼稚園から大学まで男女共学の学校で過ごし、男女雇用均等法施行の年に就職し、女性が男性同様に仕事を与えられていたソフトウエア業界で働いていた。けれども、そのような男女平等という建前と現実とは、あまりにもかけ離れていた。私は大学時代には、テニスサークルという男性が主導権を握り年を取り魅力がなければ見捨てられてしまう世界にいたし、大学そのものも男女共学とはいえ文学部を除けば女性は絶対的に少数であった。会社でも秘書という上司には絶対服従の世界で生きてきたし、事務の仕事は若い女の子がどんどん新しく入ってきて、忙しい時にうっかり仕事を渡すとたちまち形勢が逆転して私には仕事がなくなり、会社の自分の席まで危うくなってしまうのだった。 私はこのような圧倒的に男性の都合で動いている社会の中で、男性に媚びず自立して何とか生きてこなければならず、それは宿命のようなものだったと思う。若い頃は、フェミニズムというとウーマン・リブのような結婚できない女性が声高に自分の権利を主張するというようなイメージがあり、自分とは無縁のものだと感じていたが、私が折にふれひもといてきた本の著者は全て、自然な女らしさを持ちつつ自分の人生を自分の足で歩いてきた人達ばかりだったように思う。 今、私が興味を持っている一人がエレン・ケイ。彼女の名前は「児童の世紀」の著者として、平塚らいてうらに影響を与えた女性解放の運動家として以前から知っていたが、その素顔を知ることはなかった。けれど、最近「エレン・ケイ 「児童の世紀」へのお誘い 保育への夢」(荒井洌 フレーベル館)という本を読んでその女らしい素顔を垣間見ることができたと思う。彼女はウィリアム・モリスの「ユートピアだより」に大きな影響を受けていたらしい。私は自閉症や発達障害の子どもの教育に主に携わっていきたいと思うのだが、基本的に障害児も健常児もその子の能力を伸ばしその子の幸せを目指すという意味では、なんら考え方に変わりはないと思う。いわゆる自閉症の専門家という人の言うことよりも、優れた教育者の言うことのほうがずっと私には共感できる。 あと一人がジンメル。ジンメルは、変貌する過渡期的な社会のなかの女性の問題を取り上げ、「女性なるもの」の魅力を客観化する女性論を書き続けたという。私はそのことを「ドイツ女性の歩み」(河合節子 野口薫 山下公子・編 三修社)という本の中で知ったのだ。彼に影響を受けたマックス・ウェーバーの妻マリアンネ・ウェーバーや、彼の妻ゲルトルート・キネルや、ジンメルの弟子であり秘密裡に女児を生み育てたゲルトルート・カントロビッチにも興味を覚えた。 http://www.f.waseda.jp/ohkubo/hagiwara1.htm 以前、清水真砂子さんが「ゲド戦記」についての講演の中で、子どもを考慮に入れないフェミニズムには以前から疑問を持っていたと言われていた。私もまだ生まれてきていない自分の子どもや、無責任な専門家に人生を台無しにされかねない障害児を、何とか守りたいという気持ちで世の中と闘っているのだと思う。私を支えてくれているものは、やはり「いのち」なのだと思う。 |
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