王道を行け
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作成日時 : 2007/10/15 15:31
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私は今普通の人とは全く違うのんびりとした生活を送っているが、それは忙しい生活を知らないわけでもなく、できないわけでもなく、ただ自分がそういう生活を送ることが無意味だと思っているからだ。もちろん今の世の中は、忙しくしなければ生計は立てられない。けれど今のままの生活を続けていけば、間違いなく日本は破滅すると思う。それを阻止するには、忙しく働かなくてはならない人達の苦労が分かる人が世の中を変えていくしかない。もともとそういう苦労が理解できない政治家や奥様族のような人達には無理なのだ。
私は確かに会社員時代もたいてい8時30分出勤17時30分の定時に退社という恵まれた生活をしていたが、ソフトウエアの開発をしていた時は毎日夜11時頃まで仕事という日が何日も続いたことがあり、その時は何のために生きているかわからなくなったほど疲れ切っていた。それに私の周囲のソフトウエア開発の技術者達は、毎日深夜まで残業・休日出勤で確か月に150時間くらい残業というのは当たり前だった。女性はもっと少ない制限だったのでそれを超えて残業した場合は切り捨てつまりサービス残業だったわけだ。クレジットカードの大プロジェクトの時は、女の子でも徹夜で机の上に伏せって寝て朝を迎えるということがザラだったようだし、その後も朝出勤すると男の子が椅子の上で寝ているということはよくあった。オンラインシステムの運用もしていたのでシステムダウンするとみんなで集まって緊急対応していたし、そういうふうに忙しく働いている人達の冷たい視線や恨みを、彼らを助けることによってなんとか回避しながら生きてきたのだ。それがリストラによって私はみんなの怨念の集中砲火の犠牲になり、長い間怖くて一歩も外には出られなかった。今も退職後の人達や奥様族や引きこもり家族の間にいるから何とか生きていられるわけで、本当は世間の第一線で働きたいと思っているのだ。
私が思うに、日本社会はムダが多すぎるのだと思う。意味のない会議や文書による報告の義務が多すぎる。それよりも現場の担当者の声を謙虚に聞き、戦略を練ることをすべきなのだ。私はなぜ当事者不在のまま事をすすめようとするのか不思議でしかたがない。勇気を出して確認すればそれで解決するようなことをせず問題は先送りされ、それによって仕事がどんどん降り積もっていくのだ。それは自分の仕事に責任を持っていないからではないか?本当に責任を持っていれば、自分の頭で考えて解決策が見つからないということはあり得ないと私はつねづね思っている。だから何かの権威にすがろうとするから、ムダな二流三流の本をたくさん読むはめになり、どうでもよいことに時間を費やすことになるのだと思う。本当に人生の糧になるような本はそれほど多くはない。それはきちんと生きている人であれば直感的に選び取ることができる。そしてその本をきちんと理解するには自分自身が人生経験を積むことが必要で、それには人との出逢いや時代というものがあるのだから、内心あせりや不安はあってもじっと耐えて王道を進むべきなのだ。それができない人は、要するに「頭が悪い」二流の人で終わるしかないと私は思う。
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