私とイタリア
<<
作成日時 : 2007/09/03 22:33
>>
トラックバック 0 / コメント 0
最近はずっと女優や芸術家といった個性的な生き方をした女性達のことを考えていた。そしていろいろな本を借りてきて読んでみたり、本棚に眠っていた本を引っ張り出してきて読んでいた。振り返って考えてみると、私は以前から歴史上の美しい魅力的な女性達について調べることが好きだった。絵画が好きだったのもその女性達がどんな女性だったのか知りたかったという理由もあったからなのだと思う。女性には限らず私は自分の惹かれる人物がどんな人だったのかということを想像するのが好きなのだと思う。そういう意味で私にはやはり文学研究の道が向いているのかも知れないと思ったりもする。けれど今まで自分が惹かれる人物はあまりにも自分とはかけ離れた存在に思えていて自分が近寄ってはいけない存在だと思っていたように思う。
私が歴史上の女性について興味を持ったのは、たぶん塩野七生の「愛の年代記」(新潮社)を読んだ頃からだったように思う。この本が出版された日付を見ると1990年になっているので今から17年前、私が26歳くらいの時だ。塩野七生さんは「イタリア遺聞」を読んでファンになった。イタリアのことを好きになったのもたぶん塩野七生さんの影響で、他にはイタリアのジョットーとかフラ・アンジェリコとかシエナ派などの絵画に惹かれていたからじゃないかと思う。須賀敦子さんのことを知ったのはもっと後になってからだったと思う。それ以前にも饗庭孝男さんの「シエナ幻想」(審美社)とか、矢島翠さんの「ヴェネツィア暮らし」(朝日新聞社)などを愛読していたし、中田耕治の「メディチ家の人々」などを読んでメディチ家のことを勉強したり、シチリアのフリードリッヒ2世のことに興味を持ったりした。でも私にとっての最初のイタリアはそれよりずっと昔、子供の頃に家にあった百科辞典に載っていたボッティチェリの絵を見た時だったように思う。他にはモナリザくらいしか知らなかったが、モナリザが来日した時だと思うのだけれどモナリザのジグゾー・パズルが家にあってそれで遊んだのを覚えている。イタリアの児童文学というと「クオレ」と「ピノキオ」を読んだことくらいしか思い浮かばない。それから子供の時に「自転車泥棒」の映画を見てとても悲しくなったことは覚えている。「天井桟敷の人々」とか「舞踏会の手帖」とか「嘆きの天使」とか「美女と野獣」とか子供の頃に家族と見た白黒の映画のことが妙に印象に残っている。子供の頃は童話だけでなく、バレエを見たり、宝塚を見たり、少女マンガを読んだりするのが好きだったのに、もう中学になった頃から私はそういうものを心から楽しむ気持ちの余裕を無くしてしまっていたように思う。だから私は幼かったのではなく実は普通の人よりも早く大人だったのかもしれないと思ったりもする。これからは自分の本当に好きな物と付き合っていける人生にしたい。
|