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朝日新聞8/19(日)の「武田百合子は終わらない」という特集で心に留まった箇所を紹介しておきたい。 武田百合子は作家武田泰淳の13歳年下の妻で、富士山麗の山小屋を建てた38歳の時に夫から「その日に買ったものと値段で。面白かったことやしたことがあったらそのまま書けばいい」とすすめられて山での日記をつけ始めたのだという。そして夫が亡くなった51歳の時に13年間にわたる「富士日記」が世に出て分筆家として認められた。 戦後の混乱期、露店の菓子屋、出版社事務員、行商、なんでもやった。武田泰淳の「もの喰う女」や「風媒花」といった小説のモデルとしても知られる。貧しく飢えても、生きるためのエネルギーに満ちた女性像だ。しかし、実際には自殺願望というか、ニヒルな部分をかかえていたという。天衣無縫などともいわれるが、明かいイメージとはかけ離れた奈落がどこかにある。「平凡でない道を歩く人は孤独になります」そんなことを言っていたという。 詩人の小池昌代さんは彼女のことを次のように評している。 「底の抜けた自由自在な文章は、読む人のこころを同じように自在な境地へ連れていく。でも一番の魅力は、大きな自由の中に浮かぶ武田百合子という人間の、孤独で野生な魂の感触ではないか。生きる力が衰微している現代にあって、人間の根源的な「生きる力」を感じます」。 http://magnoria.at.webry.info/200709/article_28.html 武田泰淳の担当編集者だった村松友視は「一番最初の印象は、自宅のドアをそっと開けてのぞく、警戒と好奇心の入りまじった目でした。いつも必ずこんな目をしてから「いらっしゃい」とあいさつした。暗い部屋に入ると気さくになって、ふつうの作家の奥さんになる。ごく易しい表現の奥の少女の頃からの詩魂がある。献立が並べてあるだけでも、「バカみたい」という直截的な言葉にだって詩の気配がある。しかも、人間のあり方を高いところから見ているユーモアがあって、漂いがちな湿り気をさっと払っている。通俗的な美をひっくり返す美学は、夫妻に共通していた。」と話す。 http://d.hatena.ne.jp/inuki_seia/20070826/p1 これを読んで、私も彼女のように思うままにこのブログを書き続けていけばいいのではないかと思い勇気づけられた。それには泰淳のように側にいてくれる人の存在が不可欠だけれど。私の好きな森茉莉も須賀敦子も世に出るのはとても遅かった。本物の文章を書くことはそんなに若くしてはできないのだろうと思う。武田百合子ってレオノーラ・キャリントンにも似てる気がします。 http://magnoria.at.webry.info/200708/article_70.html |
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