自分と他人の幸せを両立するには?
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作成日時 : 2007/08/24 16:34
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今日は仕事に行って、周囲の人と子育てと介護について少し話し合った。全てが仕事優先の中地域のコミュニティーは失われ、子供達は遊び場を無くし、老人は自分の住み慣れた家で自分の最期を家族に看取られることもできなくなった。昔だって子育てや介護の苦労はあったはずだ。けれどもそれを見守るたくさんの家族や地域の人達がいたから、貧しくとも今よりもずっと心は豊かで安心して暮らせていたのではないか?、私はそう思う。周囲の人の中には介護をしている人はいるけれども、それでも一緒に暮らす家族がいたり、近くに子供が住んでいたり、可愛い孫の顔を見れる人は、大変な中にも希望があるのではないか?今日コミュニティーセンターにお母さんと遊びに来た可愛い女の子を見つめる人達の笑顔はやはり輝いていた。
家に帰って昼食を食べて本を読んでいて疲れたので横になっていたら、ふと涙が出てきた。私はもしかしたら結婚もできないかもしれない。でも運よく結婚ができたとすれば自分が頑張ればたくさんの友人に恵まれた仲の良いカップルになれるかもしれない。でもやはり子供を生んで平凡でいいから心穏やかに過ごすことができる家庭を築きたい。でもそれにはあまりにも時間がない。私はもう43だ。これから結婚するにしたってあと2年は必要な気がする。そしたら45だ。子供を産むには絶望的な年齢だ。それでも結婚してくれると言ってくれる人がいるだろうか?男の人はやっぱり自分の子供や穏やかな家庭を望んでいるだろう。もし自分が子供を産めないとわかった時、私は今までのように他人の子供を愛せるだろうか?私はこれから年齢を取っていく。夫も子供もいないのに魅力的な女性でい続けることができるのだろうか?レオノーラ・キャリントンもダイアナ王妃も自分の息子達がいたのだ。フリーダ・カーロは子供を産めず47歳で亡くなった。市河晴子も自分の愛息を亡くした直後後を追うように亡くなった。私はもう決して若くはない。たとえ子供を産んだとしても自分がしたいことをするために他人が手助けしてくれることは今の時点では期待することはできない。しかも私はこのままこの地元で生活していくかどうかもわからない。やはり結婚が最優先だからだ。まず私はこれから何をするべきなのか、自分と他人の幸せの両立というとても難しい課題に立ち向かっていかなければならないのだろう。
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