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help リーダーに追加 RSS ふたたび、レオノーラ・キャリントンについて

<<   作成日時 : 2007/08/19 15:26   >>

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 このところ、かなり精神的に不安定だった。そんな時に何気なく読んだ女性画家達の伝記は私にとても勇気を与えてくれた。今関心があるのはニキ・ド・サンファル、レオノーラ・キャリントン。なかでもレオノーラ・キャリントンにはとても惹かれて、伝記を何度も何度も読み返しているし、彼女の周囲の人間であるマックス・エルンスト、レメディオス・バロなどシュールレアリスムに関係した人物に非常に興味が湧いてきたし、シュールレアリスム自体がいったい何であったのかということを深く考えてみたくなったのだ。レオノーラ・キャリントンの特質を表わしている文章を彼女の伝記の中から紹介しておきたい。
http://maxernst.chez-alice.fr/Page_2.html
http://www.ejrcf.or.jp/archive/db_tsg/exhibition/1997_reo.html

「彼女はとても自然体です。でも同時に彼女は、油断なく気を配っています、動物のようにね。とても明敏な目をもっていて、何でも気づいています。人の行為や言動に敏感です。だからとても注意が必要です。彼女を傷つけないようにね。彼女の精神はとても繊細で、感じやすくて通俗的ではないのです。感情は、女性の生活で最も大切な部分です。女性は、自由と安定を求めていて、自分の感情や孤独と闘い、男性とつながりをもつことを望み、突然独りになりたくなり、いつも誰かを求め、でも愛人としてはいたくない。彼女はこういう女性というものの本質を完全に理解していると思います」。

「レオノーラは、魔術的文脈において、無意識に内部で、自然と神話につながっているのです。レオノーラの人格は、感じ方も心の傾向も魔術的です。レオノーラは夢をみる力にも恵まれています。夢は別の象徴です。馬鹿げた夢ではなく特別の夢です。彼女はユングに傾倒していましたし、グルジェフにもね。」

 繊細で知的で動物のように敏感なレオノーラには、また動物のもつ自然の脅威と呼応する強さがひそんでいる。
「私は誰にも支配されたくない。特に仕事においては相手が私を圧倒する天分に恵まれた者でない限り、私は自分をあけ渡すことはしない」と彼女はつぶやいたことがある。

 「レオノーラの素晴らしい特質は、人生のあらゆる瞬間を神秘的意味合いを帯びた、祭りの瞬間に変えることができることでした。子供たちに食事の人参を刻みながら、彼女はその瞬間を祭りに変質させることができたのです。どんなに個人生活や仕事上で困難なことがあっても、レオノーラは話の最後には幸せな気分になり笑っていました。それはレオノーラにものを創り出す能力のためであり、それは料理でも会話でも仕事でも人生のあらゆる局面においてみられるものでした。彼女は何かとても特別なものに恵まれていました」。

 レオノーラの生活には優雅さというものがなかった。彼女は想像力に突き動かされて製作し、生活は実際的だった。自分の顔に興味がなかったので、鏡は必要なかった。新天地でレオノーラは、母性に目覚め、自分に自信を取り戻していた。タブーとなるものはなく、何事にもとらわれなかった。「実生活でも、社会的にも、知性的にも、一度も限界を感じたことはない」と彼女は友人のイネス・アモールに語っている。生活は乱雑さをきわめていたが、彼女の内部は機能していた。しかしその一方で、レオノーラには「度を越えることがなく、節度のある自由、確固たる主義、姿勢があった」。彼女は彼女流に精妙なまでにバランスをとって暮らしていた。

(「レオノーラ・キャリントン」(野中雅代 彩樹社)より跋粋)

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2007/09/29 09:57

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