無用の用
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作成日時 : 2007/07/21 15:48
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今日は雨が降り注いでいるせいか気が滅入っている。考えてみれば、私の立場は、いわば無ければ無くてもいいもの、そういうものだったような気がする。本当に役立たずで、仕事も秘書、間接部門の事務でお茶汲み、コピー取り、掃除、そういう無ければ無いで済むような場所にばかりいた。今のコミュニティーセンターの事務だって締め切って人がこなければ必要ない仕事だ。それまでの区長は家にいて仕事をしていたのだから。私はいつも「必要ない。お金のムダ」だと言われないように、何とか自分が役に立つ存在だと認めてもらえるように必死だった気がする。時代は私のような存在をどんどん排除するように動いていた。それで人と人とのスキマを埋めたり、本来本人がやるべきことを肩代わりしてきた。だから私の存在価値は認められなくても仕方がないのだが、あえて言えば社会を維持するための無駄というような感じだったのかもしれない。
http://magnoria.at.webry.info/200606/article_87.html
でも今思ったのだが、考えてみれば他の人の仕事だってそうかもしれない。本来本人がやるべきことを肩代わりするというのが世間一般の仕事の通念になっているのが現在なのだから。ただそれが社会的に認められているかいないかの違いがあって、本当は重要な事ではないのにただお金になるというだけでそれを重要だと勘違いしている人がいたり、重要な事なのにお金にならないということで無価値と思われている事もある。そこの見極めはいつも私達が自分の良心に照らして考え続けていかなければならないのでしょう。
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