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help リーダーに追加 RSS ベルクソンの思想とは?

<<   作成日時 : 2006/11/08 20:44   >>

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 最近ベルクソンに興味を持っている。ベルクソンの思想は次のようなものだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3

 ベルクソン(1859-1941)は科学的方法の根底をなす「分析」に対し、直感の重要性を説き、対象を外からとらえるのではなく、その内側に入りこもうとする。そして量的にふえるばかりで、どこまで等質な「時間」に対し、たえず記憶に裏打ちされ、かぎりなく質的に多様な「持続」こそ、生の実相であることを確認する。この持続の中で行動する人間は自由であると同時に、そういう自己を人間がとらえきるには、意識の深層にあって形成途上にある自我まで探求の手をのばさなくてはならない。例えば「物質と記憶」(1896)にみられるこうしたベルクソン思想が文学に与えた影響の大きさは、自由な生の創出に文字通り生命を賭したペギー、「失われた時」(持続としての自己)を執拗に求めようとしたプルースト、この2人の名を挙げるだけでも察せられるだろう。
  (「フランス文学史」(饗庭孝男 朝比奈誼 加藤民男 編 白水社より) 

 私はベルクソンの本は1冊も読んだことはないが、このベルクソン哲学が言う「持続」というものは、たぶん森有正の言う「経験」や「スローライフ」「ゆとり」と同義ではないかと思うのだ。私は「ゆとりとは精神の自由」だと書いたことがある。自分の人生に責任を持ち「経験」を積むことによって人間は他者への「共感」を持つことができる。この「共感」こそがベルクソンの言う「直感」ではないのか?「分析」は「持続」「経験」なしに可能なものだ。頭が良くて知識があれば可能なのだろう。たいした人生経験もない学者が様々な人生経験を経てきた無学な人間を分析しようとする、たいした人生経験もない政治家や官僚が国を左右する行政にかかわっている、ということに現代の病があるのだと思う。学歴や資格に騙されてはいけないのだ。ベルクソンとの関連からもシャルル・ペギーとプルーストを読んでみたいと思った。

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