magnoria

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help リーダーに追加 RSS 私は死刑廃止論者です。

<<   作成日時 : 2006/10/26 09:16   >>

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 誤解のないように言っておきますが、私はあらゆる殺人に反対です。しかも死刑廃止論者です。死刑は社会の個人に対する殺人だと私は思うのです。どんなに凶悪な犯罪でも人が人を裁くということは、本来不可能なことだと思うのです。人間は極限状況に置かれれば人を殺せてしまう存在なのだと思うのです。戦争で前線に置かれ敵と銃撃線になれば相手を殺さざるを得ないのです。犯罪にはその人の成育歴、その時に置かれていた状況等様々な要素が複雑に絡み合い、そういう状況を体験したことがない恵まれた人間が、凶悪な犯罪だからと言って罪人を批判・攻撃する資格はないのだと私は思うのです。よく遺族の無念を考えれば極刑は当然だと言う人がいますが、それを理由にするのなら、その人は飲酒運転で人を殺した人に対しても死刑を要求しなければなりません。我慢に我慢を重ねた上で殺人を犯してしまったのと、飲酒運転のように「まあいいや」「これくらい大丈夫だろう」で人をひき殺してしまったのと、遺族の無念は変わりはないのではないのでしょうか?私だったら「まあいいや」で殺されてしまったらたまりません。本当に浮かばれないと思うのです。
 今の世の中は、「ついうっかり」や「気がつかなかった」で多くの罪もない人々が死に追いやられているのです。そういう罪に対して私達はあまりにも寛大でありすぎるのではないのでしょうか?自殺だって「気がつかなかった」で済まされていいわけはありません。私達は見ようとしていないのです。「面倒なことはかかわりたくない」、そう思っている人間にいじめに悩んで死を思っている人間のシグナルが届くはずがないのです。私達はもっと注意深く見つめなければならないのです。注意して見ればかならず見えるはずなのです。罪というものは、被害者や遺族が与えた心理的苦痛によってその罪の重さが決まるのではなく、世の中をどれだけ不安に陥れたかで決まるのです。「そんな罪人を社会復帰させれば安心して暮らせない。」そういう世間の人の不安感で罪の重さが決められるのです。でも罪は社会のゆがみによって引き起こされるのです。自分は善人だと信じて疑わず、面倒なことにはかかわりたくないと思っている人達にとって、罪はとても恐ろしく感じるのでしょう。理解不可能。でも、本当にそうなのでしょうか?理解しようとしていないだけなのではないのでしょうか?罪はその罪を犯した本人だけではなく社会全体に責任があり、社会の一人一人が社会の問題を直視し、その改善にその人ができる範囲のことをしていけば必ずや社会は良くなると私は信じていますし、問題を直視することによって罪への恐怖はなくなると思うのです。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
なぜ私は死刑反対論者なのか
  私が死刑に反対していることについて、安易に死刑廃止を唱えるのは偽善者ではないか、というご意見をいただきました。 http://magnoria.at.webry.info/200610/article_59.html それに対してコメント欄では長くなりますのでこちらにお答えさせていただきます。 私は普通の方よりも犯罪者寄りの見方をしていると思います。なぜなら私は会社をリストラになった時に死刑を宣告されたのと同じ心情を味わったからです。同じ部署の人達からいじめに遭い心的外傷を負った... ...続きを見る
magnoria
2007/05/28 19:21
「私は死刑廃止論者です。」について
「私は死刑廃止論者です。」について 死刑廃止を主張するときにお決まりで登場するのが『冤罪』だ。 しかし、冤罪は死刑制度と全く別の問題で発生している。 死刑廃止を唱えている方で、冤罪防止システムを唱える人はいないのがこじつけの最大の証明! ...続きを見る
パスカル
2008/05/10 00:56

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
じゃあお前の家族が殺されても同じことが言えるのかよ
お前池沼
2007/03/26 04:10
そうですね、それはその時になったら心情は違うでしょう。でも客観的に言えば、相手が死刑になっても何の解決にもならないと思います。家族の犠牲を無駄にしないために世の中を変える努力をするのがその方の使命なのです。人をうらんで生きていい事はひとつもありません。
magnoria
2007/03/27 20:29
「我慢に我慢を重ねた上で人を殺してしまった」者と、「まあいいや」で殺してしまった者を比較して死刑廃止を唱えるのはいかがなものでしょう。
世の死刑賛成の人、は何でもかんでも死刑を要求しているのではなく、自己の欲望を満たすために他人を殺してしまったことについて死刑を求めているのだと思います。
1欲望のための殺人→2飲酒運転の殺人→3やむにやまれぬ殺人と殺人には色々あると思います。それら全てを死刑にするのは反対です。
しかし、1欲望のための殺人まで死刑にしないのはもっと反対です。日本人の大半は、1を指して「死刑相当」と思っているはずです。
「死刑制度」賛成論者
2007/05/24 20:33
自己の快楽・欲望のために人の命を奪うなど、言語道断の行為であります。自分の命が一つなら他人の命も一つです。その一つのものを、自分の身勝手な行動で奪ってしまう人間は、自分のたった一つの命を奪われることをも、認めたことになるのです。身勝手な欲望で人の命を奪った者は、それがたった一人であっても死刑になって当たり前でしょう。ただし、やむにやまれず人を殺してしまった場合は、その情状を酌量されることがあってもいいと思います。
コブシの花
2007/05/25 09:49
「死刑制度」賛成論者様、コブシの花様、ご意見ありがとうございました。今週末旅行ですので今落ち着いてご返事ができません。月曜に必ずご返事いたしますので少しお待ちください。
magnoria
2007/05/25 17:01
安易に死刑廃止を唱えるのは、偽善者です。
悲しいことに、殺人事件は毎日のように起こっていますね。しかし、その尊い命を奪った人間がすべて死刑になっていますか?
法治国家である日本では、恐ろしい程の時間を掛けて刑期を決めていますね。死刑を望む遺族の無念を思うとき、僅かの刑期で出所する事例もありますね。あなたの論理で言うほど安易に死刑の判決があるとも思いません。
加害者の人権と同じように被害者の人権も重いものがあります。
最近、国家に対して問うべき死刑廃止の是非を、一つの殺人事件の遺族を敵視するような弁護をする事例があります。
国民感情として、あのような人間の良心を失った自らのイディオロギーを振りかざす光景をみれば、死刑廃止に心を寄せる国民はいなくなるでしょう。
尊い人命を奪った者は死をもって、その罪を償うのが正義でしょう。
今日の日本は、あまりにも身勝手でひきような人間が多いと思いますよ。
飲酒運転を引き合いに出しての論法は、可笑しくて話になりません。
所詮あなたの考えは、安直な反日日本人の論法の模倣者にすぎないのでしょう。
むら
2007/05/26 14:03
こんにちは。magnoria は山口県母子殺人事件の弁護士(死刑制度廃止論者)はどう思いますか?
あっくー
2007/05/27 13:53
「死刑制度」賛成論者さん、コブシの花さん、自分の快楽のために殺人を犯すなんてそれはもちろん言語道断です。でも私は快楽のためだけにそんなに簡単に殺人ができるとは思えないのです。その背景にはその犯人をそこまでの孤独に追い込んでしまった社会の側の責任というものがあって、それは我々一人一人の責任だと思うのです。犯人を死刑にしても同じような犯罪がなくなるわけではありません。そのような犯罪が起らないように我々一人一人が良い社会のために努力する必要があるのだと思います。我々一人一人が地道に努力してそのような凶悪犯罪が起らない世の中になってこそ、被害者の死が無駄ではなくなるのだと思いますし、被害者の遺族のみなさんも恨みを前向きに転化させてこそ救われるのではないかと思うのです。
遺族が犯人を死刑にしたいという気持ちを持つことは理解できます。でも遺族でない方もそんなにその犯人を殺したいほど許せないのでしょうか?そんなに遺族の方に同情できるのでしょうか?ただ犯人が恐いだけなのでは?と思ってしまいます。
magnoria
2007/05/28 17:35
あっくーさん、山口県母子殺人事件の弁護士(死刑制度廃止論者)って安田好弘さんのことですね?この方のことはあまりよく知らないので、今すぐにお答えすることができません。不勉強で申し訳ありません。
magnoria
2007/05/28 19:16
安心した。死刑廃止論者はただの『すね者』だった。まともな人間ではないことに救われる思いがしたよ。
やま
2007/06/09 10:35
私もいかなる理由があろうとも死刑には反対です。
しかし最近の凄惨極まりない事件の数々を見ていると
死刑を容認する人が増えているのも納得できます。
しかし我々の見ている情報と云うのはほとんどが
テレビや週刊誌、新聞などのマスコミだと思うのです。
私にはこのマスコミが遺族の悲壮な様子を伝え、事件の
悲惨さや残忍さを伝えてはいるものの、このような情報で我々が踊らされ被害者に同情し加害者に怒りをぶつけても全くもって被害者救済にはつながらないと思うのです。本当に被害にあわれた方や不幸にして悲惨な事件や事故に巻き込まれ亡くなられた方のご遺族が救われる道を考えるの我々第三者ではないでしょうか?
報復感情だけでは被害者やご遺族の無念ははれないのではないでしょうか。
あとmagnoriaさんがおっしゃるように凶悪犯罪者が産まれるのはこの社会にも原因があるのでないでしょうか。
乱筆で申し訳ございませんでした。
hiro
2007/07/05 10:22
私もいかなる理由があろうとも死刑には反対です。
しかし最近の凄惨極まりない事件の数々を見ていると
死刑を容認する人が増えているのも納得できます。
しかし我々の見ている情報と云うのはほとんどが
テレビや週刊誌、新聞などのマスコミだと思うのです。
私にはこのマスコミが遺族の悲壮な様子を伝え、事件の
悲惨さや残忍さを伝えてはいるものの、このような情報で我々が踊らされ被害者に同情し加害者に怒りをぶつけても全くもって被害者救済にはつながらないと思うのです。本当に被害にあわれた方や不幸にして悲惨な事件や事故に巻き込まれ亡くなられた方のご遺族が救われる道を考えるの我々第三者ではないでしょうか?
報復感情だけでは被害者やご遺族の無念ははれないのではないでしょうか。
あとmagnoriaさんがおっしゃるように凶悪犯罪者が産まれるのはこの社会にも原因があるのでないでしょうか。
乱筆で申し訳ございませんでした。
hiro
2007/07/05 10:22
<罪はその罪を犯した本人だけではなく社会全体に責任があり

完全に勘違いをされていますね
社会の責任ではありません。
社会が悪ければ、環境が悪ければ人を殺してもいいのですか?

よく、福島瑞穂というおかしな人がTVなどで加害者の家庭環境が・・・・ と言い出しますね。
生まれ育った家庭環境が悪い人でも人を殺さないのが普通です。
社会のせいにするのは特殊左翼の既得権益のためのへぼ理屈ですので注意しましょう。

殺人者の更生とは、死をもって報いることです。

人を殺した人がもう殺さなくなりました
更生しました。
こんな理屈にもならないことを言っているのが人権派と呼ばれる変質者です。

パスカル
2008/06/02 01:30

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