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help リーダーに追加 RSS 私は暇なのではなくスローなのです。

<<   作成日時 : 2006/10/10 12:35   >>

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 今までの時代は忙しくしていることが美徳とされる時代だったと思う。しかし、その内容についてはあまり問題にされてこなかったと思う。たいして世の中のためにならないどころか害の方が多いことを一生懸命にやって忙しくしていたり、本来他人がやるべきことを自分一人で抱え込んで忙しくしていたりすることは、自分のためどころか世の中のためにならないと思う。なぜなら、多くの人と協力して仕事をした方が生産性が高いし、多くの人が生きがいを感じることができる。また伝統や技術を次の世代に継承していったり、自分に万が一のことがあった場合の代わりを作るという意味でもその方がいいのだ。周囲と協力して仕事をしたり、周囲の人に教えながら仕事をするのにはゆとりがないとできないことなのです。忙しい時は、今までの自分の力を発揮するだけで精一杯でミスをすることだってあるが、ゆとりができれば新しいことにチャレンジする余裕も生まれる。他人のことを思いやる余裕も生まれる。だからスローである必要があるのです。今は経費削減の名のもとに、一部の人だけが忙しく重圧を背負い、他に多くの人が暇を持て余しているという時代なのです。本来自分の家庭でやるべき子育てを保育園に任せたり、自国で作ればいい農産物を輸入したり、義務教育だけでは足りず塾通いが必要だったり、こういうことはやはりおかしいと思わなければなりません。お金があることが偉いのではないのです、自分のことを自分でできることが偉いのです。金さえあれば本来自分のやるべきことも他人にやらせることができる、これはおかしいのです。私達は意識的にゆとりを作って、女性や子どもやお年寄りや障害者にもその人の能力に応じて責任のある仕事を与えて社会参加させることが必要なのではないでしょうか?そうすればみんなが生きがいを感じ、今まで一部の人だけが負担していた責任が分散され、社会不安も少なくなるのではないのでしょうか?日本は資源のない国であり、万が一のことがあってそれらが輸入できなくなったらみんなが食べてはいけなくなるのです。今までの主産業であった工業は中国・インドなどアジアに中心が移っています。だったら自分で農産物を作り、魚を取るそういう人材を育てなければ、日本人はパソコンやゲームができても自分では何も作れないそういう人間が残されることになるのではないのでしょうか?いざとなったら、お金もパソコンもゲームも役に立たないのではないのでしょうか?手を汚さない綺麗なオフィスでの仕事が偉いのではなく、手を汚し額に汗をして物作りをすることが偉いのだという価値観を持つ必要があると思うのです。
 私は、世の中を良くしていくためにあえてスローな生き方を選んでいるのです。周囲の人を活かし共存し、安心して快適に暮らすために地道に努力をしているのであり、常に新しい自分を見つけるための努力をしているのです。やることがなくて暇なのではないのです。

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