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help リーダーに追加 RSS 敬虔なクリスチャン三枝基と江原素六

<<   作成日時 : 2006/08/26 12:12   >>

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愛宕下美術館を作ったという三枝基という人物について調べてみました。略歴は次の通りです。
http://magnoria.at.webry.info/200608/article_77.html

・明治10年6月30日、元徳川藩に使えた漢学者能勢頼雍の二男に生まれた。
・三枝守貞のところへ養子となり、横須賀小学校に通った後、東京の麻布中学、更に青山学院高等部(現在の青山学院大学)に進学した。
・大学卒業後、三井物産東京本社に入社、約30年勤務し人事部長まで跋擢昇進。
・昭和6年に長年勤めた三井物産を辞めて横須賀に帰郷。愛宕山下に居を構え、読書の他は、趣味とする弓道・詩歌・書道に精魂を傾けて日々を送った。三井物産在職中に多数の書籍と内外の美術品を集め、これを一般に公開するために愛宕下美術館・愛宕下図書館を設立。
・昭和7年に町民から推されて一時町長になるが、7ヶ月後に自ら退き、以後政治の世界には戻らなかった。
・昭和44年1月18日、92歳で逝去。

 麻布中学に在学中、生母の姻戚にあたる江原素六の家庭に書生として入居し、江原の感化を受けてキリスト教に入信した敬虔なクリスチャンであった。すべてを神にゆだねた素直さが彼の本領であったという。辞世の歌は以下です。

 生きるよし死ぬる又よし露の身は、み心ならばいずれでもよし

                                  「大須賀町誌」より

 三枝基が影響を受けたという江原素六という人物は、天保13年(1842)に江戸で貧乏な武士の家に生まれた旧幕臣です。明治維新に際して沼津に移り住み、沼津兵学校、沼津市立第一小学校、沼津中学校、駿東高等女学校(現沼津西高校)などをつくり、沼津の教育に尽くしました。後には東京にも麻布中学校をつくり、その校長を長く務めました。また沼津では、アメリカ視察の知識を生かして西洋式の牧畜、茶の栽培など多くの産業を興しました。駿東郡の郡長、衆議院議員・貴族院議員として政治家として尽力しました。
 カナダ人の宣教師から洗礼を受け、沼津教会を設立し伝道師としても活動、東京キリスト教青年会(YMCA)の理事長をつとめるなど、キリスト教徒の中の有力者として活躍しました。
そして、女性・子ども・病人など、社会の中で弱い立場にいる人々や、中国人留学生をはじめとする日本に虐げられたアジアの国の人々のために、いろいろな救護活動を行いました。
http://www.azabu-jh.ed.jp/ayumi/ebara.html
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/sisetu/meiji/ebara.htm

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