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help リーダーに追加 RSS 私の守り神は”鳥”と”モグラ”

<<   作成日時 : 2006/07/06 10:54   >>

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 今日も雨が降り続いている。そういえば、明日から東京に行くんだった。日曜日まで戻らないので、書かねばならぬことがたくさんあり過ぎるが、どれだけ書けるだろうか。
 いとこのみづほさんの守り神が猫のカラシだと知って、それでは私の守り神が何かと考えてみれば、それはやはり”鳥”と”モグラ”なのだ。考えてみると、私はいつも鳥に守られてきたと思う。小1の時に、担任の先生が内気な私ともう一人の男の子を主役に跋擢して、「ちちとぴぴのりょこう」という劇をしたのだ。

 北の国に秋が来て、お兄さんのぴぴと妹のぴぴは、お母さんとおおぜいの友達と暖かい日本の国へ出かけるのです。青い広い海の上を飛んでいると嵐がやってきて、風と雨が強くなり、ちちとぴぴは呼び合いながら飛んでいきました。ところが、ちちはいきなり岩の上にたたきつけられ、まっ暗なほら穴にころがりこみました。ちちは、ぴぴやお母さんとはぐれてしまったのです。ちちは、ほら穴の中のこうもりの家で朝まで休ませてもらいました。こうもりは「嵐はやんだよ。ごらん、あの灯台のところが陸だ。元気でいくんだよ。」と言って見送ってくれました。ちちが灯台に向かっていくと、妹のぴぴが飛んできました。ぴぴは灯台に逃げていたのです。そして、親切なつるのおばさんが、「はぐれてしまったお母さんのところまで送ってあげます」と言って、一緒にとんでくれました。やがて、田んぼや森が見えてきました。「ほら、お母さんたちはあそこよ。」。ちちたちは、暖かい日本につきました。日本は秋です。美味しい食べ物が一杯です。ひろい田んぼに金のなみ。柿、くり、ぶどうも実った野山。いいな、いいな、日本の秋はいいな。

 当時の私にとって、劇で主役をやることなど考えられないような一大事だったのではないかと思う。でも頑張って主役を務めたことが、私に何か自信のようなものを与えてくれたのかもしれない。私はいざという時にはとても度胸が据わっているのだ。最近知ったのだが、この作品は神沢利子さんの作品なのだ。実は以前私達が集っていた星々の環というHPを主宰されていた方は、神沢利子さんの娘さんと面識があったのだ。その方は片山敏彦と若い時に出逢い、その若き友人の山口三夫さんのお宅にも何度か行かれたことがあり、その方の結婚式の仲人も山口三夫さんが務められたのだ。そのIさんは、大学時代の友人が児童文学に関心があったことで児童文学を読んだ時期があったそうなのだが、その友人の友人が神沢利子さんの娘さんで、その娘さんがクリスチャンであることに興味を持たれていたそうだ。Iさんは、東京教育大(現在の筑波大)で物理学を専攻し、大学時代に所属していたオーケストラではヴィオラをされていたそうだ。卒業後は、出版社に就職し百科辞典の編集などをされていたそうだが、その後転職され、音響の分野に強い某メーカーでシステム開発の仕事をされていたそうだ。そしてIさんもリストラに遭い、その再就職までの時期に星々の環というHPを立ち上げ、私達みんなはは出逢うことができたのだ。そして、その星々の環というHPに私が参加する後押しをしてくれたのが、宇佐見英治さんが、心の師である片山敏彦からいただいた二羽の小鳥の雛が描かれたはがきに関して書かれた「心の窓−絵入りの葉書」というエッセイを偶然読んだことだったのだ。
http://magnoria.at.webry.info/200603/article_22.html
 そして、その後、ある日空から大鷲のように降りてきたある人との出逢い、そして、その2年後に、私は白い小鳥になって、窓からある場所へ迷い込んだ。そう考えると人の運命の不思議さを思わずにはいられない。
 私が物心つく幼い頃から、ずっと傍にいたのは犬だった。でもよく考えてみれば、鳥もいたことがあったのだ。小学生の時は、家でキンカチョウという鳥を飼っていた。父が夏休みに学校から預ってきたインコがいたこともあるという。そして、最近知ったのだが、私が生まれた後、曾祖父の膝に抱かれていた頃、傍にいたのは2羽のオレンジ色のカナリアだったそうなのだ。その頃、私達家族は、冬お蔵の前で日なたぼっこをしていたのだ。その時の、幸せそうな私達家族の写真には、小さな鳥籠がたしかに写っている。中にいる小鳥の姿までははっきり見えないけれど、それは曾祖父が、曾祖母の妹の嫁ぎ先から貰ってきた、2羽のカナリアだったとつい最近母が教えてくれたのだ。曾祖母の妹は、豊岡村(現在の磐田市)の西ノ島というところの旧家に嫁いでいて、そこで少しのお金儲けのためにカナリアを飼っていたそうなのだ。
 そして曾祖父が亡くなった後、幼稚園に入学する前の4歳の冬に、新しく家を建てる3ヶ月の間、私達は暗い暖かいお蔵の中で暮らした。幼い私にとってそれは愉しい経験だった。お米を入れる長い高い金属の貯蔵の入れ物が置いてあった。立て替える前の古い家は、雨漏りがして洗面器がいくつも置いてあり、畳が腐ってキノコか何かが生えていたのをおぼろげながら覚えている。幼稚園に入ってからすぐ、私は登校拒否をして押入れに3日間篭城した。それならば、私はやっぱりその当時からモグラだったのだろう。
 私は、人間になるために、ある時は小鳥になり、ある時はモグラになってきた。これからは一人前の人間になるつもりだが、人間はどんな人も一生発達障害であり、これで完璧、これで安全ということはあり得ないと私は思っている。だから、これから先もずっと、鳥やモグラの助けを借りて生きていきたいと思う。それに気づかせてくださったT先生とqfwfq様、有難うございます(^^)。

 この文章を書いているうちに雨が止みました。今日もいい一日でありますように(^^)。

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朱雀・白虎
 ふと陰陽師について少し勉強してみようと思って『陰陽師 「安倍晴明」超ガイドブック』(安倍晴明研究会 二見書房)を読んでいた。その中でドーマン符というのが紹介されていて、青竜・白虎・朱雀・玄武・空陳・南斗・北斗・三台・玉女を表した呪符であると説明されていた。 http://douman.fc2web.com/harima1/sayou-onmyouji2@.htm ←佐用の陰陽師 http://murasakiuni.tea-nifty.com/boku/2005/08/post_15... ...続きを見る
magnoria
2008/03/20 10:46

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