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help リーダーに追加 RSS 清水と小川と蛍

<<   作成日時 : 2006/06/26 22:10   >>

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 今、「鶴瓶の家族と乾杯」を見ていたのだが、静岡県の清水と新潟の上越の高田(小川未明)の故郷)はずっと中学生の交換交流をしていたのだそうだ。清水市・高田市中学生交歓会というのは1954年から2003年まで続いた中学生交流の行事で、1971年に高田市と直江津市とが合併して上越市になってからも続けられたのだが、このほど清水市が静岡市と合併するに及んで終了したのだそうです。やっぱり静岡と縁があったのですねー。
 私は父方が小川という姓のせいか、小川という人や水がついた苗字の人と縁があるように思うのだ。初恋の人は水穂という苗字だったし、初めて手紙を貰ったのは小川くんだった。会社員時代の上司(犬が好きな人)も小川という苗字で山口の生まれだった。考えてみればいとこの名前もみづほだ(笑)。父は星を見るのが好きで、天文学者になりたくて清水の清水商船大学(現在の東京商船大学)に行きたいと思っていたそうなのだが、静岡大学に行って中学と小学校の先生になった。いとこの一人は東京商船大を出て山口に住んでいる。叔父の一人は清水港で水先案内人をしていた。
 父が大学の時に一般教養の英語を教わったのが高杉一郎で、彼の本名は実は小川五郎なのだ。父は高杉一郎に「君も小川っていうの。君はどこの高校なの?」と聞かれたことがあるそうだ。清水真砂子さんも教え子の一人で、高杉一郎の授業は品格があって本当に素晴らしかったと「清水真砂子さんと語る会」の時におっしゃっていた。清水といえば、わが町にも清水さんは何件かあるがやはり優秀な家が多いような気がする。観光スポットとして清水邸庭園というのがあるが、この清水家は江戸時代には廻船問屋で、横須賀湊が栄えていた時には江戸の来家多七という豪商がここに店を構えていたそうだが清水家は最初はその番頭だったそうだ。
http://www.at-s.com/bin/YELL/YELL0020.asp?id=D614378721
親戚の茶杓作りのおじさんは15年来ここで蛍も育てているのだ。
http://magnoria.at.webry.info/200602/article_4.html
http://oyukagen.hamazo.tv/e84563.html#comments
 私が住んでいた吉祥寺や西荻、姉家族が住んでいた東小金井も水のあるところだ。片山敏彦が住んでいたのも荻窪の清水というところだ。高校時代の友人も荻窪に住んでいた。私の住んでいる区も綺麗な美味しい水に恵まれているところで、かつては造り酒屋もあったし、私の勤務しているコミュ二ティーセンターは元は大きな造り醤油屋があったところだし、昔ながらのお豆腐屋さんもある。人間はやはり自分が生まれ育った場所と同じようなところを無意識に求めているのかもしれない。

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故高杉一郎氏と三人の娘たち
 昨日の朝日新聞の夕刊の「惜別」欄に作家・翻訳家の高杉一郎氏についての記事が紹介されていました。高杉一郎氏は静岡県の文芸の発展に尽力された方であり、私にとってはフィリパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」などの児童文学の翻訳家として親しい名前でした。また片山敏彦全集の月報に、「私は片山敏彦の精神的な弟子である」と思い出を寄せられているのを知ってから、私にとって関心を寄せる存在でありました。シベリア抑留の体験を書いた「征きて還りし兵の記憶」も購入しましたが、まだ目を通していなかったのでした。 ... ...続きを見る
magnoria
2008/02/09 22:29

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