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上田敏について更に調べてみた。 上田 敏(うえだ びん、1874年10月30日 - 1916年7月9日) 日本の詩人・評論家・翻訳家・英仏文学者。 本名、上田柳村。文豪。東京都帝国大学文科大学院卒。 大学卒業後、小泉八雲の後任として夏目漱石とともに、東京帝国大学講師となる。 天才的な語学力を所持していたことで名高く、小泉八雲には<万人に一人>の才能と称えられたという逸話をもつ。多数の海外言語に精通しており、国内でも古典文学など、伝統的な文学の造詣を有していた。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%94%B0%E6%95%8F 小泉八雲は、明治29年(1896)45歳で東京帝国大学講師に就任し、神戸から東京に移住した。東京移住の翌年に始めて焼津を訪れ、明治37年に世を去るまで6回の夏を家族と同伴で逗留した。この時期の作品に「富士山」「焼津にて」「漂流」「乙吉の達磨」がある。 焼津市ではこれから小泉八雲記念館を建設します。 http://www.city.yaizu.shizuoka.jp/yosan/h-18/taikeibetu.html#001 当日には私も行ったのですが、2004年9月24日には焼津市文化センター大ホールで没後100年記念式典・記念講演会があり、八雲の後半生を描いたNHKテレビドラマ「日本の面影」の脚本家・山田太一さんの「私たちの八雲」と題した講演がありました。また同時に、小泉八雲特別展「焼津と八雲」が開かれ、焼津滞在中の八雲からセツ夫人宛のカタカナ書きの手紙や八雲愛用の遺品類、海蔵寺の板子など焼津と八雲に関する資料が展示されました。 私はこの講演の直前に「人間 その面影と風景」(濱川博 木耳社 1975)を読んで八雲の三男の画家小泉清の人間性に惹かれ興味を持ったのですが、当日は八雲の子孫の方が多く出席され、清の長男の閏さんのお嫁さんとお孫さんも見えていました。お孫さんは私と同年代のように見えました。曾宮一念は、小泉清の早稲田中学の先輩であり、清の人と芸術を誰よりも深く愛し、彼の鷺宮のアトリエをよく訪れたそうです。 http://www.inoha.co.jp/ca1/ca12/1203.htm |
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焼津市の海蔵寺は、「耳なし芳一のはなし」「雪女」などが収録されている「怪談」の著者として有名なギリシャ出身の作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)ゆかりの寺です。八雲の「漂流」(「日本雑記」に収録)という作品に登場する、1859年(安政6年)に遭難した「福寿丸」jの... ...続きを見る |
00shizuoka静岡観光おでかけガイ... 2010/11/24 23:30 |
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