|
連翹の花が縁で、国見弥一という文筆家の方とお知り合いになりました。 http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/ 国見さんは冨山生まれ、大学では西洋哲学を専攻されたそうです。フリーター生活を体験された後、会社員生活を送られ、リストラに遭い、その後タクシードライバーの傍ら文筆活動をされているそうです。国見さんの連翹に関する文章に触発されて、この機会に連翹について知っていることをまとめてみたいと思います。 れんぎょうは、枝に花のたくさんにむらがってついた形が、鳥が羽根を拡げ、むらがっているように見えるのでこの名がついた。もともと中国産である。「日本へは中古支那より移植せるものなるべし。延喜式に、典楽諸国進年科雑薬として、伊賀、尾張、下総、丹波、播磨、阿波、讃岐などより之を上りしは薬園に培養せしものなるべし」と「植物渡来考」にある。すでに「出雲風土記」にも出ていて、イタチハゼ、イタチグサとも呼ばれ、果実を漢方薬とした。 ( 「伊藤敬子・随想集 優しい花々」(牧羊社 1990)より) 俵万智の「花束のように抱かれてみたく」(写真・稲越功一 同朋舎)の巻末の「366日 誕生日の 花ことば」を見ると4月8日の誕生花が連翹で、花言葉は”希望の実現”になっている。連翹の花の色は黄色である。そういえば「幸せの黄色いハンカチ」という映画もあった。黄色は希望を表すのだろう。「花贈りの本U 12の色贈り」(中島祥子 文化出版局)の中で、黄色の花は心なしか春に多いような気がすると書かれている。ミモザ、黄水仙、エニシダ、ラナンキュラス、山吹、タンポポ・・・。そういえばそういう気もする。黄色には心を元気にするような何かがあるような気がする。 最後に先日、偶然古本店で手にした歌集から一首。 ゆびさきから花の憂ひが伝はれり連翹の匂ふあをの陶器に (「未生 寺島博子歌集」(角川書店 2005)) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4046518723/qid%3D1146114074/250-5591220-6309825 寺島博子さんは乳癌の手術を経験されている。外塚喬氏による跋文の一部を紹介しておきたい。 癌と告げられた時の焦燥感は、ここには見られない。心の動揺を声高く詠ったところで、悲しみはさらに深まるばかりなのだ。そう達感したときに寺島さんは、心を鎮めて自身を見つめているのだ。病を宣告されたことも運命なのかも知れない。そう悟ったときに、神によって与えられた命の尊さを疎かにすることはできないと考えたのだろう。近年、カトリックの洗礼を受けたという。 「未生」には、寺島さんが命がけで詠んだ歌の数々が収められている。歌の完成度を求める人から見れば、まだ物足りないというかもしれない。しかし、寺島さんは、まだ若い。これから学んでいくことによって、さまざまな難問を一つ一つ解決する力も具えている。仲間の一人として大きく羽ばたいていって欲しいと願っている。 |
| << 前記事(2006/04/26) | トップへ | 後記事(2006/04/27)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2006/04/26) | トップへ | 後記事(2006/04/27)>> |